++Dearest++





これは改訂版です。
なぜなら初版が作品として酷かったので(汗)
回を選ぶとその回に飛びますよぉ〜。
31 32 33 34 35 36 37 38 39
1〜10目次 11〜20目次 31〜39目次
31 「なぁ、ハサン。俺、お前に聞きたい事がある」 良哉は足に乗った斬刃刀をそのままにして問う。 ハサンは、一瞬痛そうな顔をしたが、それは気のせいかのように不敵な笑みを 浮かべて、 「何?」 と聞いた。 良哉は、それに対して笑う事も出来なかった。 だから、押し切るように聞いた。 「本物はどっちだ?」 良哉が聞いた『本物』は、どっちのハサンがもともとのハサンの人格かという 事だ。良哉自身、この質問をぶつけてはみたが、どんな答えが返ってくるかは 予想も出来なかった。 どちらもありえるから。 「本物?どっちもホンモノの俺。だけど、俺はどちらかというと、後天的に作 られた人格かな。まぁ、そんな事どうでもいいけど俺としては」 そうハサンは言った。 ――後天的?って事は、ハサンの本当の人格は・・・俺達といた時のハサン。 さっき、垣間見えたハサン・・・そいつだ。 “ハサン”の体の中でハサンは死んでいなかったと言うことだ。 良哉は考えた。 いつもなら、こういう考えたりする事は全て、頭脳を使う事は全て圭人に任せ ていた。圭人なら最善の策を作れるから。 だけど、今圭人はいない。頼れる人は、いない。 良哉はない頭を絞って考えた。 思い立ったように、斬刃刀を振り上げて、ハサンに叩きおろした。 「ぐはぁ・・・っぁ」 口から血を吐いた。ハサンは腹を抑えている。 「肋骨が折れた位、直ぐに治るよ。(多分治らないけど)これ以上動くなよ。お 前は、元のハサンに戻らなきゃならねーんだから。ロビンとか、胡桃とかが戦 い終わるまで“ハサン”で待ってろ」 良哉は苦しがっているハサンに背を向けた。 そして、仲間の援護へ向かおうとしていた。 二歩、三歩進んで止まった。 「よかったな、死ななくて」 ハサンにそう言った。 確かに言った。それが良哉の、今できる精一杯の、優しさだった。 あとは、胡桃やロビンが何とかしてくれる。 そう信じていた。 ◇圭人とシルバーの戦い◇ ところで、圭人とシルバーの戦いは硬直状態だった。 おそらく、戦い始めれば火がまわるのは早いが動き出すまでが長いパターンだ。 圭人はいつもの剣を持っている。 圭人は剣術に長けている。 それは、元の世界にいた時に、剣道を嗜なみ、上に積み上げて練習したからだ。 今はどちらかというと、日本刀というよりは西洋刀を使っている。 シルバーは、一見体中見回しても武器は見つからない。 しかし、よく注目してみると、足のふくらはぎが不自然に出っ張っている。 「飛び道具だろ?」 圭人は即座に見破った。 「ああ、よく分かったな」 シルバーがふくらはぎに仕込んでいたものは短剣・・・つまりナイフだった。 「俺はナイフの使い手でな。ジプシージャグラーみたいなもんだ。(ちょっと 違う)俺のナイフは百発百中」 と言って、広がった洞窟の中の壁の岩のでっぱった所を指差した。 そこに向かってナイフを投げつけた。ナイフは見事に空を舞い、岩に刺さった。 圭人は寒気がした。 と、いうのもこの命中率ではなく、岩にナイフを突き刺してしまうパワーと、 岩をも砕いてしまうナイフの硬さにだ。 当たれば間違いなく即死だ。 「俺もちょっと剣が得意でな」 圭人は自慢の長剣をちらつかせた。シルバーがニヤリと笑みを浮かべた。 「では、お手合わせ願おうじゃないか」 今、戦いの火蓋は切って落とされた。 ◇胡桃とルイの戦い◇ 「ちょっとさぁ、お前も自己紹介くらいしたら?」 ルイは胡桃に向かって杖を差し向けて言う。胡桃は、漫画で言うところのムカ ツク時のマークが頭に五〜六個ついたような状態だ。 「あたしは胡桃。何でもいいんだけどさ、オカマもどきが偉そうな口聞かない で。なんか勘に触るから」 ルイは一見、凄く女の子な外見をしている。それをからかって胡桃は挑発して いるのだ。(まぁ、挑発された所もあったが) ところで、魔力は術者の精神状態によって大きく左右される。 挑発されて理性を失えば、それだけ引き出される魔力は少なくなる。 「ってか、お前ら何なの?父さんを何処へ連れて行った?」 ルイは依然杖を向けたまま胡桃に喋っている。 しかし、それに対して胡桃は全然驚いていない。 あいにくこんな状況には慣れっこなのよ。といった感じだ。 「サファイア?時空流離で今ごろ伯剌西爾(ブラジル)の上あたり浮遊してる んじゃないの?」 ルイは驚いて問い返した。 「伯剌西爾?どこだよそれは?!」 胡桃は言ってから気が付いた。ここは違う世界だという事に。 しかし、胡桃にはこれによって魔力が削がれると言った事はないだろう。 直接関わる事ではない。削がれているのはルイの方だ。 「お前らは・・・何者だ??」 32 ルイはまだ子供、あどけない少年。見た目は少女だ。 胡桃よりもまだ幼い雰囲気がある。 知らない言葉の数々はルイの動揺を誘い、魔力を削ぐ。 「何者って失礼な言い方。人間よ。だけど、あんた達の世界の人間じゃない。 ねぇ、今はいつなの?」 胡桃はルイに尋ねた。今の二人はお互いに杖を構えていない。 それは、圭人やシルバーに言わせれば無防備かもしれない。 しかし、魔法というものは複雑なもので、杖がなくても紙に火を付ける事くら いは出来る。そういう意味では、この状態も決して無防備というわけではない。 とは言いつつも、杖がなければ大技は使えないので、やはり二人とも未だ戦闘 態勢に入っていないと言える。 「いつって・・・ここにそんな時代の数えはないんだよ。ただ、一日が過ぎていく だけ。その中に春があって夏があって。王族は知らないけど、僕達黒魔術師は そうやって暮らしてきた」 「王族と一緒じゃないの?」 「僕が王城に上がったのはつい最近だ。サファイアの没後。それまでは、ここ よりもずっと東。もっと寒いかな?そこで僕ら一族は暮らしている。まぁ、そ んな話をお前にしてもしょうがない。僕は王城に使えて生計を立てなきゃいけ ない以上、ここでお前・・・胡桃を殺らないと」 それはまだ、あどけない少年が、自分自身に言いかけているようだった。 胡桃は一瞬、ルイと戦うべきか悩んだ。 しかし、ルイは杖を構えたので、そん な訳にもいかず、胡桃も杖を構えた。出す技は未だ考えていない。 「あんた・・・ルイ。ホントに殺しがしたいの?ホントはしたくないんじゃん?」 ルイは何も言わなかった。ただ、黒魔術の呪文を唱えている。 胡桃は杖をルイに向けて、呪文を唱える。杖の先から白いものが出現する。 辺りには濃い霧が立ち込めている。 「霧隠しか。やられた」 「ごめんねー。この霧の中、まともに前方の様子が分かるのは術者の私だけの 筈だからね。あと、ごめんね。ホントはしたくないんだけど、ハサンを壊した 事に関わっているのは間違いないんだから。許さない。それなりの報復はさせ てもらうから」 胡桃はまた、杖をルイに向けた。呪文を唱える。 「花鳥風月海空地中水木火金・・・」 術者なら分かる、この張り詰めた空気。 そして胡桃の使う術が禁術であろうという予想も立つだろう。 ルイは禁術を回避する為に魔方陣を描いた。描きながら、呪文を唱える。 「我が名はクルミ、魔力よこの手に杖に集結せよ」 そうして胡桃はルイにまた杖を確かに向けた。 ルイの呪文は胡桃よりも一足二足遅かった。 たちまち、ルイの周りには虹色の光が包み、ルイの原型はなくなった。 その原型は次第に形を変化させ、違う物体へと変わっていく。 そこに新たに現れたのは、緑が青々しい新緑の木だ。 胡桃はルイを消すのではなく自然に還したのだ。 「ごめんね・・・悪気はホントにないの。ただ、あなた達のせいだから・・・」 胡桃は木になったルイを抱きしめてつぶやいた。 ◇ハサンの復活◇ 胡桃は、戦いが終わるとハサンの元へ急いだ。 そこには、既に戦い終わったロビンと良哉、そして遠くから見守っていた麗が 居た。麗は良哉もハサンもロビンも無事だったことに対して涙している所だ。 「ねぇ、ハサンはどうなってんの?」 胡桃がそう尋ねると、麗が 「んっぐっん・・・肋骨と足がイってるっ・・・んぐふ」 と、涙を堪えながら、王城で治療を学んだ麗が答えた。 「ムリしなくていいって、麗。良哉なら一分百スヌーでレンタルしてあげ るから落ち着いて。ロビンと二人でやっとくから」 胡桃はそう言って、良哉にウインクをしてロビンとハサンに向かった。 「骨の再生術が先?」 胡桃がロビンに聞く。ロビンは魔法の知識においてはかなり優秀で、ロビンの 名を聞いて知らないという魔法使いはおそらく居ないだろう。 「いや・・・まずは、体の擦り傷切り傷打撲、外傷を治癒で取り除いてから。それ から公式の八を応用して一気に骨を繋ぐ。瞬間的に繋ぐから痛みを和らげなが らやるんだ」 ロビンは教本を持っているわけではない。すべて頭の中に入っている知識だ。 「それから、ハサンの人格を元に戻す技はない。だけど、だけど。裏禁術を知 ってるか?」 ロビンは真剣な面持ちで胡桃に問う。 向こうの方では、麗と良哉が二人、お互いの存在を確かめ合っている。 「知ってるけど・・・まさか」 ロビンは考えていた。 ――ハサンだって、一緒に存在していたんだから。本当の仲間にしてやろうと。 「まさか。存在すら危ぶまれている裏禁術。どうせこれ以外に対応策がないの なら、やって無駄って事はないんじゃん?」 「・・・でも、贄はどうするの?!」 「俺の、左腕だ」 33 「な、何言ってんの、ロビン。腕がなくなったら・・・」 胡桃はロビンの、予想もしていない発言に、心底驚きを隠せないだろう。 それは、あなたにこの左腕を差し上げます、と言うのとなんら変わりのない意 味合いを持っているからだ。この場合は。 ロビンはハサンの姿を見た。目を閉じて、まるで何も感じないように。 「俺の左腕は、無くても魔法が使える。俺の左腕を差し出さなねーと、ハサン はいなくなるぞ」 胡桃は正直、そんなことを言われてもと思った。 ハサンを助けたい!という気持ちの中に、自分ならそこまで自分を犠牲には出 来ないという傍観者の気持ちがあった。 「おい、胡桃。お前はホントにハサンを助けたいのか」 それでも、胡桃はハサンがいなくなる事だけは嫌だった。 この世の、どこでもいい。端でもいい。せめて生きてくれればいい。と。 「助けたいに決まってんじゃん」 少し引きつりながら、胡桃は笑みを浮かべた。 ロビンはそれを見て、杖を振り上げた。 ハサンとロビンを閃光のような光が包んだ。    ◇圭人とシルバーの戦い◇ 「おい、何だよコレ?!お前何なんだよ?!」 圭人は、シルバーの投げるナイフを、ただひたすら避ける事に専念していた。 と、言うよりは専念せざるを得なかった。 どうやって出てくるかは分からないが、シルバーの着ているジャケットの中か らおびただしい数のナイフが次々と取り出されていく。 それを不思議に思う暇も無いくらい、次々とシルバーは圭人に取り出したナイ フを投げつける。 圭人は少し判断を誤り、次々と投げられるナイフの一つが、ふくらはぎに刺さ った。 「っつ・・・!!」 圭人が痛み苦しんでいるのを見て、シルバーはナイフを投げるのを止めた。 破壊力のあるそれは足に刺さるだけでもかなりの致命傷だ。 シルバーは、まるで愛しい者を見るような目でもがき苦しむ圭人を見た。 「・・・っキモいんだよ。胡桃以外の奴が見つめるんじゃねぇ」 圭人はそんなシルバーに一服盛るような感覚で一言言った。 しかし、足をやられた今、形勢は明らかにシルバーが優位と言っていい。 「悪いね。人が、悶え苦しむ姿を見るのが大好きで」 圭人は背筋に悪寒を感じ、身震いした。 「なぁ・・・ひとつ、質問」 「何だ」 「そのナイフはどうやって出てくるんだよ」 そうだ。 圭人は最初、ナイフの数は数本だろうと見込んで、ナイフを避けていた。 いずれナイフの数が切れるだろうと予測して。 しかし、シルバーのナイフは途絶えることなく圭人を襲い続けた。 こればかりは圭人も予想が立たなかった。 「わからないのか?」 「わかんねーから聞いてるんだ」 「例えば、このポケットに魔法がかけられていたらどうだ?」 シルバーは圭人をなお、笑いながら、顔に笑みを浮かべながら嬉しそうに眺め る。サディストだ。 「ルイに頼んで、このポケットに魔法をかけてもらった。普通のポケットの容 量なんて知れてるだろ?だから、それを四次元に限りなく拡大する。時間も加 わって、ナイフの供給元さえ、公式に当てはめておけばおびただしい数のナイ フを取り出すことが出来る・・・って事。君は一番頭よさそうだったんだけど なぁ。見当違いか」 「魔法には適わねぇな。君じゃねーよ、ケイトだ。代名詞使うんじゃねーよ」 圭人は、痛い足を引きずりながら、シルバーの方へ剣を向けて歩いていった。 この時、漫画やアニメの主人公がナイフで刺されても平気な顔をして戦闘して いるのは嘘だ、ありえないと気づいた。 漫画家、訴えてやると圭人は思った。 足がじんじんと痛んで、圭人を肉体的にも精神的にも苦しめる。 「その怪我でよく頑張るな」 そんな言葉をシルバーは圭人に掛けたが、やはりどこか嬉しそうだ。 「俺は一応うちのポイントゲッターだからな、変態野郎」 そう言って、剣をシルバーに突き刺そうとしたが、はらりとかわされた。 ――この足が・・・!! そうして、圭人がもう一度攻撃に入ろうと構えに入ったところを、シルバーの ナイフが切り裂いた。 もちろん、圭人の足では先のように避ける事など出来ない。 ナイフはギラギラと嫌に銀色に輝きながら、圭人の体を裂いた。 いや、突き刺さった。 一瞬、ほんの一瞬だった。 圭人は茶色い地面に倒れこんだ。 意識はない。 ただわかるのはさっきよりもシルバーの顔が明るい事だけ。 あとは.。 鮮血が辺りを覆った。 胸に刺さったナイフは嫌に銀色に輝いていた。 34 ◇胡桃とロビン◇ ロビンの左腕がなくなった。 引きちぎったとか、切り分けたようになくなった訳じゃない。 魔法によって、消しゴムで消したように無くなってしまった。 「ロビン・・・いいの?」 胡桃はその姿を見て、涙が溢れて来た。テレパシーによって、ロビンの気持ち までわかってしまうのだから、尚のことだ。 「いいよ。ぜんぜん痛くないし。ハサンも・・・」 「ロビンお前・・・」 「ね?」 ハサンは各所の骨が折れたりかなり外見も悲惨な状態だったはずなのに、全て が直りきって、ロビンの心配をしていた。 「俺、お前らに謝らなきゃ・・・」 「いいよ。そんなの。当たり前だろ」 「でも」 「あたしたち仲間でしょ??」 胡桃は涙を浮かべたまま、笑顔でハサンにそう言ったと思ったら急に体を抱え て身震いしだした。 「どうした、胡桃?」 「な、なんか、嫌な感じがする。誰か・・・死んだような・・・」 「死んだ?!」 何か、すごくいやな予感がした。 ◇圭人とシルバー◇ シルバーは圭人の体、心臓を触り、脈を確かめた。 「脈拍なし・・・死んだか」 顔に浮かべていた満面の笑みは去り、ポケットから花を出し、圭人に向けて放 った。シルバーの好きな花葬。 花は白く、美しかった。三本の白い花、名前はわからないけど、美しかった。 純白で、死者を送るには不似合いな花。 「冥福を、祈るよ」 シルバーがそう言うと、向こう側から足音がした。 「うそ、圭人?!!!!!!!!!!!」 胡桃は圭人に近づくと、心臓が動いているかどうかを確かめた。 しかし、脈拍がない事が分かると、圭人の体に崩れ落ちた。 触れた肌がだんだん冷たくなっていくのを胡桃は感じた。 「うそでしょ・・・??」 胡桃の目からは大量の、大粒の涙がこぼれた。 「ねぇ、これは・・・もう圭人は・・・」 付いてきた麗も、良哉も泣いている。 しかし、一人冷静な男が居た。ロビンだ。 ロビンも悲しい。 しかも、テレパシーで痛いぐらい胡桃の気持ちがわかる。 だからこそ、ロビンは悲しんではいられなかった。 「残念だが、お前らのポイントゲッターは死んだ」 冷徹だった。 いや、圭人も冷たい系の性格だが、それとはぜんぜん違う冷たさ。 背筋が凍るような冷たさ。 「ポイントゲッターなんかじゃねぇよ!!圭人は俺たちの・・・!!」 「でも、もう居ない」 シルバーはその言葉をはじくように言った。 もう三人は悲しみの絶頂だった。 ずっと前から一緒だった四人。 誰も、まさかこんな形で分かれるなんて思ってもいなかった。 胡桃はもう、かなり冷たい圭人の体を抱きかかえて、話し始めた。 周りは静かにその話を聞いていた。 水が、ぽたぽたと落ちる音だけが聞こえる。 「ねぇ、圭人・・・一緒に帰ろって言ったじゃん?覚えてる??ねぇ。あたし圭人 が居なかったらこの世界でやっていけなかったんだよ。落ち込んだり、悲しく なったり。喧嘩もしたよね。ねぇ、あたしね、それでもみんなで一緒に過ごし たこの日々は学校で過ごした日々よりも短いけど、すごく充実してて、弱い部 分を補って、みんなで頑張って来たこの日々はそんなのよりも、ずっとずっと 大切だと思った。それにね、みんながもっと好きになった。圭人も、麗も、良 哉も。途中から仲間になったロビンも、ハサンも。みんな、大好きだった。で も、圭人は違う意味で一番好きだった。あの頃は、まだこんな気持ち知らなか った。圭人の隣に居るだけで幸せだった・・・肌が触れ合うだけでドキドキしてた。 でも・・・もうないんだよね。あたしを抱きしめてくれる強い腕も、・・・っ・・・悲し いとき優しく慰めてくれるそのっ、声もないんだよね・・・」 半ば、ずっと見守っていた麗や、良哉は号泣していた。 今までの二人の様子が、胡桃の話で思い出されるからだ。 しかし、ロビンはまだ希望を捨てていなかった。 ロビンの頭は、こんな状況下でもフル回転で動いていた。 「なぁ、胡桃。俺なら、圭人を生き返らせることが出来るんだけど」 ・・・・・・・・・・・・・・?! その場にいる全員が驚きを隠せないようだ。 35 頬を伝っていた涙が一瞬にして引いてしまった。 左腕のないロビンは、次に何を犠牲にしようと言うのか。胡桃の脳裏に、切っ ても切り離すことの出来ない禁術と犠牲が思い浮かんだ。 「ねぇ、ロビン・・・何を犠牲にするの」 胡桃はロビンに尋ねた。ロビンはまだ黙っている。 良哉と麗は顔を見合わせて、何について二人が話しているのかを確かめ合った。 シルバーはそれを少し離れて傍観していた。 水がしとしとと落ちる音だけが静かに聞こえる。 誰一人として口を開こうとはしない。 ただ、水の音だけが聞こえる。 その水は聖水。 命の水。 ロビンは奥へ行き、入り組んだ場所に溜まった水をすくった。 三人は大体ロビンが何をしているのかに気づいてきた。 手にすくった水を、ロビンは圭人に振り掛けた。 そしてまだ付いている右腕で杖を取り出した。唱えるのは勿論魔法。 「ロビン。再生魔法を使うなら、あたしの腕も手も足も命も使っていい」 胡桃はロビンの考えている事を読み取ってそう言った。 「じゃぁ、俺の分も使えよ」 「あ、あたしのもいいんだから。圭人が生き返るなら全然いいんだから!」 ロビンは三人の顔を見た。真意を確かめている。 三人は深く頷いた。 しかし、犠牲、贄がまだ足りない。 再生魔法を使うには最低でも一人生き返らせるのには1.5人分の肉体が必要 なのだ。胡桃の手、麗の手、良哉の手、自身の手・・・。 そこにふと目に入ったのはシルバーだった。 シルバーの肉体は、圭人の体よりも一回り大きい。 ・・・足りる ロビンは呪文を唱えた。 圭人を生き返らせるための呪文。仲間を助ける呪文。 杖の先からは、まばゆいばかりの虹色の光が圭人に向けて飛び出した。 と、同時に、胡桃の左腕が、麗の左腕が、良哉の左腕が、そしてシルバーの肉 体が丸ごと消しゴムで消したようにまっさらに消えてしまった。 やはり痛みはない。 光が止むとあったものがすっかりとなくなっている。 シルバーの存在もなくなった。 三人は腕を気にしながらも、圭人を見た。 圭人は目を開けなかった。 でも、今魔法は失敗していない。失敗したら、まだ腕やシルバーが存在する筈 だからだ。 だから、待てばきっといつか。 目を開いてくれる。 四人は手を握った。少しずつ温かみが戻ってくるのが分かった。 圭人が生きてる証だ。 強く、強く握った。 「何泣いてるんだよ、お前ら」 小声で言う圭人が居た。 もう五、六時間は経ったような心地がした。 四人の目からは涙が次々と溢れ出していった。 無くして初めて気づく仲間の大切さ。 「だって・・・圭人がっ・・・」 胡桃は圭人を思い切り抱きしめた。着ている服にはさっき抱えたときの血が付 いたままだ。抱きしめても、片腕の精一杯。 それでも胡桃はそこに圭人が生きていることを確かめたかった。 「ゴメン・・・弱くて・・・」 圭人はよく見ると、四人の腕が無くなっている事に気づいた。 ――ゴメンなんて謝りの言葉なんか要らない 「・・・ありがとう」 「圭人、死んでる間に違う世界に行かなかったか?」 ロビンは圭人にそう尋ねた。生き返ったばかりの圭人は今までにも増して冷静 に答える。 「行った・・・俺たち・・・もとの世界に戻る事が出来るんだ」 36 ◇圭人の中◇ 四人・・・胡桃と麗と良哉、そしてロビンが圭人を助けるために四苦八苦して いる時に、圭人は一人、別世界に居た。 それは死という世界なのだろうか。 それにしては、やけにあたたかい世界だった。 辺りには、嫌なほど深緑の、丈の長い草が生い茂っている。 ――ここは、どこだ? 圭人はその世界に一人、ぽつり、ふわふわと浮遊していた。 「おい、誰も居ねぇのかよ!出て来いよ」 そう叫んでみたが、誰も出てはこない。よく考えてみると、圭人は自分はシル バーに刺された事を思い出した。 「俺は・・・死んだのか?」 その問いに答えてくれる者など、そこには誰一人として居るはずがなかった。 しかし、何故か少し細い声が遠くから返ってきた。 圭人は身震いがした。 「死んでないわよ、あなたは」 だんだんと声が近づいてきて、何を言っているのか、圭人は理解出来るように なってきた。 「まだ死んでないわよ、あなたは」 女だった。体の線が細い女だった。髪は長くて、きらきらしている。圭人はそ の女が誰かに似ている気がした。でも、その女は訳の分からない事を言ってい る。 「俺が、死んでない?それ、ありえんくねぇ?」 女は首を振った。 「あなた・・・名前を」 いかにもお上品な言葉遣いだ。圭人はそれを聞いて少しだけ申し訳なく思った が、喋り方を変えることはなく、答えた。 「圭人。この世界じゃケイトだけどな」 女は口の端で笑った。 「圭人・・・・・・・。あなた達が・・・地球から、未来からこの世界に来た方達ね?」 「なんでそれを・・・?」 「私の名前をクルミというの」 圭人の頭の中を、今までの記憶という記憶が駆け巡った。 胡桃・・・くるみ・・・クルミ。 一番大切な人。死んでも手放したくない愛しい恋人。 それと・・・胡桃の前・・・。 「クルミ姫?」 「そう。知っていて下さって嬉しいわ。だからって悲観しないで。死んだ私が ここに居るからと言ってあなたまで死んだわけではないの。私は、あなたに、 あなた達にお礼が言いたかった。だから・・・ここはまだ、死と生の境界線の 手前。ほら、あの川を越えればあなたは死ぬ。だけど、私はそんな事を望んで いる訳ではないの」 「伝えたい、事って?」 クルミ姫、胡桃と同じ雰囲気、同じ色しかし違う喋り口調をする姫は答える。 「あなた達を、元の世界に返してあげようって」 「もとの世界」 「そう。ゴメンなさい、私達の勝手であなた達を犠牲にして。こんなに危険な 目に会わせてしまって。よく考えれば、私とケイトが引き離されそうになった ように、あなた達も大切な人と引き離されてしまった」 「でも、俺には一番大切な人が傍に」 「同じように大切に思う人が、他にも居るでしょ?だから。ホントは、このま まずっと、あなた達には、私達の代わりを演じてもらおうと思った。だけど、 それでは私はあの王と同じじゃない。それに、あなた達では私達の代わりにす るにはあまりにも違いすぎたの」 クルミ姫は申し訳無さそうに、下を向いて話す。あたりの色がだんだんなくな っていく。 「でも、俺たちは生まれ変わりじゃ・・・」 「生まれ変わったのは外見だけよ、きっと。あなた達はあまりにも前向きで、 私達とは違いすぎる。だから・・・私たちはあなた達を元の国に戻してあげる」 「じゃあ、あの国は・・・」 「安心して。あの国はサムエルの代で滅びればいい。滅びたら、また誰かが上 に立つ。そうしてまた国が、いい国が興るから」 「そうか。」 「今、さっきあなたが戦っていた場所にある“聖水”の話は」 「聞いた」 「そう。あの水を、皆で、大きな杯で飲むの。杯は王城に備えてあるものを使 って。そこで、魔法を・・・時空・・・」 「時空流離?でもあの魔法は・・・」 「うんうん。あの魔法は、裏があって、この水と一緒に使うと、術者の思 う場所へ犠牲なしで飛ばしてくれるのよ」 ・・・・・・・?! 圭人は今まで自分たちがやって来た事は決して無駄ではなかったことに気づい て少し嬉しくなった。 「じゃあ、俺はその為には」 「そうね。生きなきゃならないわね」 そう、クルミ姫が微笑むと、あたりの色が真っ白になって、クルミ姫の姿が見 えなくなった。圭人自身の意識も遠のいてきた。 「そういう事か・・・」 ロビンが納得した。 「じゃあ、お前らは今すぐにでも現実に、元の世界に戻れるな」 「どうして?!すぐになんて・・・」 麗は驚いてロビンに問いただす。 「大きな杯も、魔法で取り寄せればいい。禁術も犠牲なしなら・・・体に負担がか かるだけだから」 驚きで、でもいい知らせに一同は顔を見合わせて笑った。 37 ねぇ、あの時きっと帰れるって思ってた。 だんだんその思いに自信をなくしていって。 冒険の国でのWonderful experienceなんて言ってたよね。 思っていたような世界でも何でもなかったけど。 ホントに素敵な経験もあった。つらいこともあった。 でも、もう帰れるんだね。 「ねぇ、帰れるよ☆私たち!」 「マジで?!演劇部の奴らちゃんとやってるか心配なんだけど」 「つーか、そんな事よりマジで嬉しいんだけど!トイレが水洗になるんだしさ ぁ!」 ちなみに補足として説明しておくが、この世界のトイレは水洗ではない。 いわゆる、ボットン便所というやつだ。 「ちょっと・・・寂しいけど」 そう、それが意味するのは別れ。 一期一会。 人は出逢い、別れ、繰り返す。 どれだけ、仲がよくても、どれだけ絆が深くてもそれは必ず訪れる。 悲しいけれど。 もちろん人はそれに逆らうことなど出来ない。 「ロビンとは、ハサンとはサヨナラって事か・・・」 圭人は肩を落として下を向いた。 圭人が今、ここに存在するのは、全て、全てロビンのお陰だ。 「俺はさぁ、礼をどれだけ言っても足りないんだよなぁ?」 「礼なんて要らねぇ。俺たちは仲間だろ?」 「仲間ってのはさぁ、バカみたいに失敗するやつがいて、それでも何も言わず に助け合う・・・礼も何も見返りも求めない・・・が、仲間だろ?」 ハサンが向こうの方からゆっくりと歩いてくる。もう、元の人格を取り戻した ということが容易にわかる。彼を取り巻く空気も少し違う。 「だよな」 お互い、ロビンに助けられたもの同士、顔をあげて手をごつっと合わせた。 それはまるで、そこに友情があるという事を確認しているようだった。 胡桃は、それを見て涙を流している。目の前に見えている光景と、ロビンの心 情が嫌に心の中で、二晩煮込んだカレーのように絶妙に混ざり合って、涙を呼 んだようだ。 「ロビン、ありがとう。あたし、ロビンが居なかったら今ごろ一緒に死んでた」 「俺のお陰????感謝してるなら、ほっぺにチューくらいよくない?」 ロビンは笑顔で言ったが、後ろから容赦のない鋭い圭人の視線がロビンに突き 刺さる。 「う、嘘です。冗談です」 ロビンは必死で否定した。 「おい、もっと必死に謝れロビン!半殺しされるぞ!」 良哉が圭人の顔色を伺いながらロビンに言った。ロビンの顔には笑みが浮かん でいる。 「つーか、お前らはこんな時に・・・感傷に浸るとかねぇのかよ!」 「ないね。つーか、あたし達にそれを求められてもね」 ハサンが突っ込んだが、さらにそれを麗が流した。 「まぁな。似合わねーし」 いい空気が流れる。暗いはずの洞窟の中はやけに明るい。 蝙蝠は一匹も見えない。ただ、そこには六人の姿があるだけだ。 「じゃあ、これから魔法をかける。胡桃、手伝って・・・」 「あげる」 ロビンの頼みに、胡桃は全て言いきる前に答えた。ロビンは笑った。 すぐに表情を変えて目を瞑った。胡桃も瞑った。二人は一言二言、簡単な呪文 を唱えて、杖を一回半回した。その後に「王城にある杯」と言った所は他の四 人にも理解できた。 その呪文が終わると、六人の目の前には大きな杯が現れた。 その大きさは人が横たわって一人入れるほどの大きさで、ホントに大きい杯だ った。大きさがあるので、二人で呪文を唱える必要があった。 「でっけ!!」 思わず、その大きさに良哉が声を漏らした。それを見てロビンはまた笑ったが、 またすぐに表情を変えた。 「良哉、お前さ、そこの聖水を一杯その杯に汲んで来い」 ロビンは良哉に命令した。良哉があからさまに嫌そうな顔をしたのを見て、少 しまた笑って付け足して言った。 「お前が一番ピンピンしてるだろ?」 良哉はいやな顔ひとつせず、聖水を汲みに行った。少しずつ落ちてくる聖水を 完全に汲みきって、重そうに良哉は運んできた。というよりは引きずってきた。 何しろ腕が一本ない。 「よし、じゃあ、お前ら四人はこれを飲め。全員同時にだ」 ロビンが厳しい目をした。四人は顔を見合わせて、同時に聖水を飲み始めた。 それと同時に、ロビンが目を瞑り魔法をかけ始めた。 禁術、時空流離。 「我が名はロビン、魔力よこの手に杖に集結せよ」 ロビンが呪文を唱える間も四人は飲み続ける。ハサンはただ見守っている。 そして、四人が全て飲み終わりそうになったのを見計らってハサンは呪文を唱 えきった。 「禁術時空漂流、我が寿命を糧にそれを飛ばせ」 時空流離が発動した。 空気の間に空いた黒い大きな禍々しい時空の穴に吸い込まれ、四人はこの空間 から消えた。 しかし、出口がある。 四人には帰る場所がある。 唱えきるとロビンはしゃがみ込んだ。 少しだけ涙を流した。 ハサンがロビンに近寄るとロビンは下を向いた。 そういえば、ロビンはやけに笑っていたっけ。 そんな事をハサンは思いながらロビンの肩を叩いた。 出会いならまだある。だけどこの出会いはもう二度とない。 だけどまたいつかきっと会える。って思いたい。 だって一番大好きなあいつらだし。 俺だって泣きたいけど。今はまだ泣くときじゃない。 あいつらは帰るべき場所に帰っただけだから。 38 長い長い、そして暗いぐにゃぐにゃとした空間を通り抜けていく。 四人は逸れる事がないようにしっかりと手をつないだ。 四人とも目には涙を浮かべながら、口は笑っている。 別れの悲しみと、元の世界に戻れる嬉しさが嫌に混じっていて。 急に麗はびっくりした。 自分たち四人が手をつないでいる事に。 「ねぇ!!あたし達、手がある!!」 胡桃と良哉もビックリして思わず自分の手を見た。 以前あったものと同じそれ。 「姫と・・・王子かも」 圭人がぼそりと言った言葉は豪風にかき消されて三人には届かない。 「何って?」 胡桃は圭人に笑顔で尋ねる。圭人も、つられて笑って答えた。 「いや、別に何も」 その空間を渡るのには沢山の時間を要した。光が見える。 きっとそこにまた新しい世界がある。 ここは王城。 ある時は胡桃、圭人、良哉、麗が姫や王子として住んだ場所。 そこに剣を脇に携えて、空を見上げる男が居た。 「あいつ、死んでないかなぁ」 それはあの時に良哉に剣を教えたタイト隊長だった。 「さあな。クルミ姫・・・今は胡桃か。うまくやってるかな?」 その隣には胡桃に魔法を教えたカズンも居た。 空は赤い。 そう、あの時、良哉が決心を固めたときのような。 彼らはきっと忘れない。 この赤い空と、今はこの世界に居ない四人を。 「ねえ、ライム!今ロビンから知らせが入ったの!」 レーラは森の中の丸太小屋の扉から顔を出し、外で薪を割っていたライムに言 った。ここは四人の友達の家。お世話になった友達の家。そしてロビンの家。 「何て?」 「あの子達・・・覚えてる?ロビンと一緒に旅してる。あたしは覚えてる」 レーラはその手紙を見てライムに聞いた。ひょっとして忘れていたらどう説明 しようかと思っているところだ。しかし、ライムは自信満々に言う。 「全員覚えてるよ。クルミにケイトに・・・違うか。胡桃に圭人、良哉に麗だろ?」 レーラは心のそこから笑って言う。暖かい雰囲気が二人を包む。 「無事、帰ることが出来たんだって」 ライムは少し驚いて薪を割っていた斧を手から落とした。 口を開けて驚いた。 しかし、すぐに我に返った。顔には最高の笑みが浮かべられている。 薪と斧をそのままにしたまま家の中に入って、絵を描き始めた。 レーラはついて行ってただそれを眺めている。 絵のモデルは今でも心の中にいる四人の友人だった。 二人は絶対に忘れない。 心の中で生き続ける異世界の友人を。 そして、ロビンとハサンはというと、まだカリバーにいた。 というよりは、カリバーのあの宿、そう六人が寝泊りしていた宿で働いていた。 何故働いているのかと言われると、ロビンは家に帰る為の資金を稼ぐため。そ してハサンは・・・。 「なあ、頼むから俺もロビンの家に居候させてよ。一応学者だけど貧乏だしさ」 「ムリだって。カップル一組いるし」 「いいじゃん〜その子ってかわいいの?」 「略奪愛かよ・・・最低」 「で、いいの?ダメなの?!」 ハサンの問いにロビンは笑って答える。 「いいに決まってるだろ?」 そう、ハサンもロビンにとっては、いや、みんなにとっては仲間だ。 ハサンはロビンを物凄くきつく抱きしめて「愛してる」と言った。 ロビンは全身に鳥肌が立ったし、掃除途中だったので宿主のいいおっちゃんに は怒られるしさんざんだと思った。 「そういやぁ、あいつらどうしてるんだろうな〜今ごろ」 ハサンはそう、ぼそりと言うと、ロビンも同じことを思う。 ロビンの腕も三人のように元どうりになっている。 ちなみにこれは、魔法をかけた対象が同じ空間に居ないから犠牲が戻る・・・とい うよく分からない原理らしい。 しかし、消えないものもある。 「今はもう元の世界に戻ってるよ。胡桃と圭人はラブラブ中だよ」 ロビンはもういいよあいつらとでも言いたそうにハサンに言う。 ハサンは少し驚いてロビンに尋ねる。 掃除をサボって喋っているので奥にいるボスにまた怒られたがあまり気にして いない。宿のフロアに客は居ない。 「なんでそんな事分かるんだよ?」 そう言われると、ロビンは着ていたトップスをたくし上げて背中の描かれた魔 法陣を見せた。禍々しい魔法の印。 「これって・・・」 「そう、親友規約。これだけは何故か効力消えねーの。すんごいよ、今の胡桃 の気持ち。口に出して言って欲しい?」 ロビンは少し笑ってハサンに聞いた。ハサンも少し笑ってロビンに答えた。こ こにも暖かい雰囲気がある。 「うーん、胡桃のイメージが崩れない程度に」 「『圭人大好き、愛してる、私だけ見て』だって?」 ハサンは大爆笑した。腹筋が割れそうな位笑った。 「ゴメン、今のイメージ崩れたわ。ひょっとして、まさかここの世界にいる時 もこんなテレパシーが・・・」 ハサンは相変わらず爆笑しながらロビンに尋ねた。ロビンも笑いながら答えた。 「ああ。しょっちゅうね。あれは厳しいよ」 しかしロビンは嫌だとは思わない。 異世界に居る親友と通じ合うことが出来る。 大好きな親友と。ロビンは思った。魔方陣が消えなかったのは奇跡なんかじゃ ないし、出会ったのは偶然なんかじゃないと。 一言で言い表せば運命。 出会う運命だったのだ。 ハサンは絶対に忘れない。 異世界にいるともに笑い助けてもらった仲間を。 ロビンは忘れない。 今でも心の繋がった異世界の親友を。 バカみたいにふざけあったあの仲間達を。 今はこの世界に居ない四人を絶対に忘れない。 39(Final Act) そして物語は幕を閉じる時がやって来る。 夢のような世界の話はここまで。 「おい、お前ら腹筋あと三十回!発声が大事だって何時も言ってんだろ?」 実世界に戻ってみれば、四人は演劇部のただの役者に過ぎない。 部長の圭人は後輩の指導に余念がない。むしろ殺気立っていて怖い。 「ってか、不思議なもんだよね。あの冒険の何ヶ月が、こっちに戻ってきたら 一晩立っただけなんだから」 「ホントだよ・・・誰も心配してねぇんだもん。親なんか朝帰りだってからかうだ けだし」 麗と良哉が二人で頑張って指導している圭人を横目に喋っている。 二人の会話の補足をすると、異世界の冒険を終えて、この元の世界に戻ってき た四人だが、予想していたように数ヶ月経っていた・・・訳ではなく、たった 一晩しか時間が経っていなかったのだ。この世界と、あの世界で時間の感覚が ずれている様だ。勿論親も心配すらしていない。 「泣いた自分がバカみたいなんだけど?」 胡桃は体育館の床に手をつけて、はぁとため息をついた。 良哉と麗は胡桃が何の話をしているのか分からず、少し戸惑っている。 それは圭人しか知らない話。 「中川先輩厳しすぎです〜!先輩何か変わりました?」 圭人は後輩からそう指摘されてドキッとした。 何か変わっただろうか。 この旅のお陰で自分では気づかない、何かが。 「かもな。ってか私語は慎め!もうすぐコンクールだろ!?」 少しだけ口の端に笑顔を浮かべて圭人は言った。 「そうだよ、お前ら脇役が俺達をしっかり引き立ててくれなきゃ、俺達ってい うか、俺が目立たないって言うか、際立たないって言うか・・・」 と、良哉が少し後輩の前でいい気になって、いつものテンションで話し出した ので麗にバカにされた。見ている後輩達は大ウケしている。 「お前、主役じゃねぇだろ?一応、俺と胡桃だからな?よろしくね良哉ちゃん」 圭人に冷笑を浮かべられながらそう言われたので、良哉は少し顔の血が引いて 真っ青になったが、少しだけおちゃめに笑って「ごめんなさい?」と言った。 「じゃあ、一回この台本の五ページの終わりまで通すぞ!照明と音響も入れ!」 圭人の合図で、照明は少しだけ色を変え、ステージ付近には騒々しい、しかし どことなく優雅な音楽が流れた。 胡桃と圭人は城の中を慌しい様子で、しかしあまり音を立てないように駆け抜 けた。圭人が胡桃の手を引き、走る。宮殿のある窓を出ると、そこはバルコニ ーになっている。二人はバルコニーに出て、さらに圭人は下に飛び降りて、胡 桃の方を見て手を広げた。 「さあ、飛び降りるんだ!!早くしないと家来達がこれに気付いてしまうよ」 王子の衣装をしっかりと着こなした圭人が胡桃に言う。 「でも・・・あなたまで道連れにしてしまうのは良くないわ。処刑されてしまうでしょ?」 「関係ないよ。君と一緒なら」 圭人は胡桃に笑いかけた。 その笑みは作った笑みとは思えない。 胡桃はふわふわのドレスを抱えて、柵を跨いで圭人の元へ飛び降りた。 実際にはステージを降りた・・・という感じだが。 「ありがとう、大好き」 体は空を舞い、そして圭人の手中に落ちた。 あの時のようには二人の姿は消えない。 「さあ、行こう!城の奴らが来ない場所へ」 手を繋いで、二人は歩いていく。後姿が美しく見える。 これは、四人が作ってきた物語。 「はいOK!いいんでない?なかなか」 と、この場を取り仕切ったのが麗。 四人は目を見合わせた。顔に満面の笑顔を浮かばせた。 『Dearest』と表紙に書かれた台本を手に持って。 この話の続きはこの場所にいる四人だけが知っている。 この話の続きはこの四人が作ってきた。 もう過去の話だけれど。 彼らはまだその世界の住人だし、忘れられないもう一つの世界。 童話に出てくる主人公みたく空を華麗に飛んだわけでもない。 夢の魔法使いのように、一瞬にして世界を明るくしたわけでもない。 いい事ばかりが起きたわけではない。 イメージしたようなメルヘンな世界が広がっていたわけではない。 でも、そこにも変わらない毎日がやってくる。 働いている人がいる。 恋をしている人たちもいる。 いいか悪いかは別にして、政をしている人もいる。 忘れられない、友達が居る。 力を貸してくれた先生が居る。 いつも、そして今も時間を共にする親友が居る。 そして愛しい人がいる。 この旅で気づいたこと。 今一瞬の大切さ。そばに居るその人の大切さ。最愛の人の大切さ。 いつもは忘れている些細な事。 言葉にする事の出来ない強い思い。 物語はここで幕を閉じる。 でも忘れない。 一番大切な人。一番大切にしたい人。 絶対に忘れない。 きっとどこかで、また会えるから。どこかは分からないけど。 そう、信じて。脚本の扉を閉じた。 【Dearest】いとしい人、親愛なる人、あなた **END**
55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット