+++Dearest+++







これは改訂版です。
なぜなら初版が作品として酷かったので(汗)
回を選ぶとその回に飛びますよぉ〜。
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11〜20目次 21〜30目次 31〜39目次
――あの童話に出てくる主人公のように、空を華麗に飛んでみたい。 あの夢の魔法使いのように、一瞬にして世界を明るくしたい。 でも、私たちには違う風に、 いや、反対に働いてしまったのね、その力が。 「いーち、にー、さーん…はーち、きゅー、・・・さんじゅう!!よし、腹筋終 了、休憩だ!!」  体育館のステージでは、演劇部が筋トレをしていた所だ。 「もう、中川部長キツイですよ。毎日腹筋30回なんて」 一年生の後輩生徒は生きをゼーハー言わせながら抗議した。しかし、その抗 議はあっさりと切られる。 「声を通すには腹筋を鍛えるのが一番だ。じゃないと・・・」  言いかけたところに他の部員がやってきた。 「圭人、ちょっと言い過ぎなんじゃない?」 「後輩イジメてんじゃねーぞ、中川部長!!」 「っていうか、君達デキてるのかな〜?」  この3人が来て、どんどん話がズレていくことに少し怒った圭人は言った。 「もう・・・胡桃ィ、良哉ー、麗。オレは腹筋30回について言ってるだけだって。 コイツがキツイっていうから」 と圭人が3人に弁解していると、3人は口を揃えて言った。 「声出ないから役もらえないんだよぉ、君は」 偉そうな事を言っているが、しっかりこの4人は役をもらっている。 胡桃と圭人は主役を、良哉と麗は準主役を立派にもらっている。いわゆる演劇 部のエリートだ。四人は演劇をやるために芸術系の大学への進学も考えている し、四人メインで演技をすると必ずコンクールで賞を取れる。 それに、四人は腹筋はその倍の60回もこなしているのに、息一つ乱していな い。圭人は「ははは」と、その変貌ぶりに驚いている。 「これを頑張ってやり切れば、きっといい結果が待ってるよ? 」 胡桃がニッコリ笑いかけると、その後輩も納得した様子で少し笑って頷いて去 っていった。実はまだ後輩の名前を覚えていない。 そして、彼女の姿が完全に見えなくなると、圭人は3人のほうを見て少し笑っ て言った。笑みが怖い。 「お前ら何してくれるんだよ、コノ野郎テメーら!!」  いつもは冷静であまり笑顔を見せない圭人が笑った。 「だってオマエ、2人きりって妖しいだろ」 と良哉が言うと 「妖しくねーよ。っていうか喋ってただけだし」 と答えて、 「あの子(名前覚えていない)ホントに30回キツイの?重傷じゃない?」 と麗が聞くと 「個人差だろ、それは」 って答えた。そして胡桃が 「だって、2人で何喋ってたのか、っていうかヤキモチ妬いちゃって・・・」 と言うと、圭人は 「ゴメン」 と謝って 「別に胡桃以外の女に興味なんかないから」 とアツアツの弁解をして、胡桃の頬にチューとキスをした。 「相変わらず、大胆というか何ていうかですね〜圭人王子様は」 「胡桃姫も結構愛されてて幸せよね2人とも」 良哉と麗にこんな憎まれ口を叩かれているけれど、この2人が一番二人の事を 分かっている。それは胡桃と圭人も気づいている。 二宮胡桃と中川圭人、大塚良哉と牧野麗は付き合っている。 設定としてはごくありがちなパターンだけど、良哉と麗は胡桃と圭人の仲介役 をしていて、デキてしまった仲だ。 ますますありがちなパターンだ。演劇部の上層部はそんな感じになっている。 演劇とはいいもので、実際の世界では無い様なファンタジーが、ステージの 上でだけだけど、体感できるのだと四人は考えている。舞台の上なら、空だっ て飛べる。そんな広い世界が舞台の上には広がっている。 四人は、そんな理由で演劇をやってる。そんな繋がりで出来た四人の仲だった。 放課後の部活終了後、四人はずっと舞台の上で喋ってた。バスケ部やバレー 部の去った後の体育館には迫力のあるあの声が無いから、一人一人の声が凄く 響いて聞こえる。 「ねえ、王子はココから飛び降りた姫を抱きかかえるんだよね?」 麗の質問に演劇部部長、友人称「冷血人間」の圭人が答える。 「ああ」 「胡桃はデブだから圭人じゃ支えられねえって」 なんて良哉がむかつく事を言ったもんだから、ついつい調子に乗って、 「あはは、ダイエットしなきゃね」 なんて胡桃が答える。圭人が良哉を睨んだ。 このシーンは、お城を抜け出して逃げようとした姫を家来が城中を探して回る 中、王子だけが姫の居場所に気付いて、姫を引きとめようとして其れを拒否し た姫がバルコニーに出て、そこから飛び降りようとする所だ。 それに気付いた王子は、姫より先に飛び降りて、姫の脱出に協力する場面。 この話は完全なオリジナルだけど、惹かれるものがあると言う。 作品自体は、文学部の人の賞を取った作品だが、その世界がこの舞台の上で繰 り広げられるなんて凄いと胡桃は思った。 「ねえ、今そのシーンを演じてよ。胡桃、圭人・・・」 麗はもの見たさにそう言ったが、目を見合わせた二人が演技を始めた。 王子はバルコニーから下に飛び降りて、姫の方を見て手を広げた。 「さあ、飛び降りるんだ!!早くしないと家来達がこれに気付いてしまうよ」 姫は王子の方に心配そうな顔を向けた。 「でも・・・あなたまで道連れにしてしまうのは良くないわ。処刑されてしまうで しょ?」 それでも王子は動じない。 「関係ないよ。君と一緒なら」 姫は王子に笑いかけて、柵から体を乗り出した。 「ありがとう、大好き」 体は空を舞い、そして王子の手中に落ちたと思ったら、二人ともその場所から 消えた。忽然と消えた。 良哉も麗も辺りを見回したが、二人は見つからない。 その場所に穴があるわけでも、床が抜けたわけでもない。 「良哉・・・胡桃と圭人は何所に行ったの?何で急に消えたの?」 麗が不安げに良哉にしがみ付いて聞いた。 しかし、望んだ答えが返ってくる訳も無かった。 「分からない。でも・・・多分ココには居ないんだろうな」 一瞬にして姿を消した姫と王子。もとい胡桃と圭人。 辺りには不安な空気が流れる。 まるで映画のような、夢のようなワンシーンだった。 まるで映画のように、そして夢の中の出来事のように、二人の目の前で胡桃と 圭人は消えた。嘘のような事実が突き刺さる。麗はあまりの驚きで涙が自然と 流れ、良哉はそれを見守るほか無かった。 「今・・・何してるんだろうね、二人とも。生きてるよね、二人とも・・・」 麗がそう良哉に話し掛けると、ふと良哉は思いついたように言った。 「麗、さっきのシーン演じよう、俺たちも。きっと、何か起こる筈・・・いや、分 かる筈だよ」 良哉の言葉は希望。そこには二人の行方に対する希望があった。 それに対する確証は何もない。ただ、そこにしか希望は存在しないからだ。 ◇圭人と胡桃◇ 暗くて、グニャグニャした所を抜けて、やっと外に出た。しっかりと離れない ようにお互い手を握って。其処には青い空が広がっていた。 元と何ら変わりない世界。だけど違う世界。 周りの景色が違う。それも15世紀の西ヨーロッパに似ている。 「圭人、ココは何所・・・?」 「分からない。でも、現在じゃないよな。過去だよ多分。時空を漂って此処ま で来たんだよ、俺たちは」 良哉達に比べて当の二人は意外と冷静に事を解釈している。 圭人の解釈が正しいかはまだ分からない。 「戻れる?」 この質問に対して、圭人は頭を悩ませた。 単純な質問だけど、手元に答えはなかった。 「戻れるとは思うけど、確立はごく僅かかな。まず、一つ目に、時空のうねり を見つけなきゃいけない。何故か俺たちは見つけたけど。二つ目に時空を漂っ ても出口が見つからなくちゃ其処で死ぬかな。何も無いんだから。俺たちは運 良く見つかったけど」 頭のいい圭人は冷静に事を判断していく。しかし、青い空だ。 世界の広がりを感じる。胡桃はそんな事を思っていた。 こんな所まで来て、こんな事を思うなんてやはりこの二人の感性というか神経 は常人とは違うらしい。 「空って青いね〜」 「ああ」 普通の神経なら不安で不安で周りの景色を見る余裕などないだろう。 ◇良哉と麗◇ 「いいか、オレが圭人の役をやる。麗は胡桃の役だ。台詞一つ間違えんなよ。 これはいわゆる『儀式』なんだ。」 良哉が真剣な顔をして麗に言った。 彼が真剣な顔をするのは極めて珍しいので麗も逆らわない。 「分かってる。台詞なら完璧、仕草も忘れない」 そう言って二人もあの時みたいに目を見合わせて演技を始めた。 王子はバルコニーから下に飛び降りて、姫の方を見て手を広げた。 「さあ、飛び降りるんだ!!早くしないと家来達がこれに気付いてしまうよ」 姫は王子の方に心配そうな顔を向けた。 「でも・・・あなたまで道連れにしてしまうのは良くないわ。処刑されてしまうで しょ?」 それでも王子は動じない。 「関係ないよ。君と一緒なら」 姫は王子に笑いかけて、柵から体を乗り出した。 「ありがとう、大好き」 体は空を舞い、そして王子の手中に落ちたと思ったら、二人ともその場所か ら消えた。そう、圭人と胡桃のように。 二人は姫と王子を演じたんじゃない。胡桃と圭人を演じた。 最後の二人の消えた体育館では何の音も響かない。 ◇圭人と胡桃、良哉と麗◇ 下は緑の芝。上は一面に広がる雲ひとつ無い青い空。 背景に広がる大きな城。城下には沢山の町が見える。 ここは町を見下ろす事の出来る少し高い丘。 「なー胡桃、俺たちこんな所に来たけど、折角だから誰にも出来ないような wonderful experienceつーの?しようぜ」 圭人の言葉は魔法だと思った。 今までのマイナス思考が嘘のように変わってしまうからだ。 ――うんうん、私も出会ってから変わったからね。 「うん、帰りたくなくなるような体験してやるんだぁ!自慢する位にね」 ――そういう事で、自分が強くなれる気がしたんだ。 空が広がっている。 「いつか帰れるさ」 「うん」 なんて暢気に喋って、あの空の彼方、日本。いや、元の世界を想う。 それでも、嬉しさと不安の混じったこの気持ちは抑えきれない。 決められた役を演じる訳じゃない。役の台詞を言う訳じゃない。その劇の中 の主役なんかじゃない。もっと大きなスケールだ。 ここでは胡桃や、圭人が主人公。この世界は広い舞台。 二人の為に用意された冒険の国。そう思えば、辛い事なんて何も無い。 胡桃にとっては、圭人にとっては用意された誕生日プレゼントなんかより、可 愛いテディベアよりも、何よりも、最高のプレゼントだって思える気がした。 「ねえ圭人、こ・・・」 胡桃が最後まで言う間も無く、何が起こる。 「え?」 さっき見たばかりの穴、そう、時空の出口が其処にある。 帰れる?と胡桃も圭人も思ったが、そうではなく其処から何かが出てきた。 いや、降って来た。 「きゃああああ!!!」 「うわ、何コレ?!」  何処かで聞いた事のある声。落ち着く、懐かしい。さっきまで傍にあった声。 「良哉、麗?!!」 二人、声を揃えて驚く。 「あはは、来ちゃった☆」 麗が目をうるうるさせて言った。良哉も何かを堪えている顔だ。 「ははは」 笑った。 出会いは必然。これが冒険のスタートライン。 役者と舞台がある。 そう、これが長い長い冒険の始まり。 ステージの上の物語はこれから始まる。 キレイな空気、美しい景色。 この中世西ヨーロッパ風味なこの世界に場違いが4人。 「もう、なんで麗と良哉まで来るの?大事になっちゃうじゃん〜」 と歎くのは演技の途中で何故か最初にトリップした胡桃。 「お前らの所在が心配で『儀式』やったら、こうなったんだよ!」 なんて、言ってるのは実は根はいい奴な良哉。 「でも其の判断はあまり良くなーな。胡桃の言うように大事になる。いや、下 手するまえに警察が動くだろうな。きっと拉致事件として捜査・・・」 相変わらずこんな所でも冷静沈着なのは圭人。 「ご・・・ごめんなさい」 謝ってるのは冷たいようで冷たくない、優しいようで優しくない麗だ。 四人は訳あってこの世界に来てしまった。その理由は今はよくわかっていない。 きっとこれから分かるはずだと四人は信じている。 ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。 此処に来て数時間、この音がさっきから何度も響く。 そして、そのあと決まって発するこの言葉。 「腹減った〜〜〜〜!!!食い物ねーの?!!!」 良哉があまりに腹が減ったらしく、怒ってそう言う。 「この辺に食べれそうなものも何も無いし・・・お金もないし・・・」 麗も自分で言って、おなかを抑えてそして絶望に落ちる。 そんな中、考えるのがこのお方、圭人。計算早い圭人が口を開いた。 「諦めるのは未だ早い、でも命懸けだ。ちょっと聞いて・・・あの城に乗り込んで 食料を奪うんだけど 四人の目が一瞬変わった。目の前にみえるのは城。空高くそびえる塔を有して いるところからもおそらく13、14世紀のヨーロッパだろうと推測が立つ。 圭人の推測は正しかった。 「奪う?」 「ああ。作戦としては、まず門番の近衛兵の注意を引かせる。門番が女な訳が 無いから、胡桃が門番の近衛兵の相手をする。多分その門を入って、また番が 居る筈だから、麗が足止めをする。その隙を見て、俺と良哉が地下室に侵入し て奪う」 「地下室」 胡桃は何故其処に食料があるのかと疑問に思い問いただした。 圭人はさらりと返答する。 「ああ。地下は保存が効くし、何より奪われにくい。それに一番オーソドック スなんだ。読学だよ。本に書いてあった。大体武器と食料は地下だよ」 四人は納得して聞いている。圭人にかかれば辞書は要らないと思った。 まさに歩く大辞典だ。なんて、考えている間に話は進む。 「地下に侵入して食料と武器を奪って、城を脱出する。その間、麗と胡桃は外 で待機しててくれ。危険すぎる」 こんな危ない内容を真顔でさらりと言ってしまう圭人に感心を覚え、また恐怖 を感じた。 「それって泥棒、犯罪じゃん?」 「うわ、俺そんな作戦・・・こえ〜よ!」 「っていうか無茶しすぎじゃないの、それ」 4人の意見をさらりと聞き流して、あっさり言った。 「じゃあ、食糧難で死ぬか体を売るかしか無いかな。生きるにはこれしかない んだ。分かってよ」 そのストレートな言葉に、絶句したが、でも賛成した。 なぜならこんな知らない土地で生きていく術を知らない。 犯罪を犯してでも生きていくしかない。(犯罪といっても元の世界の話だが) こんな危ない事をするのも初めてで、それでも生きていかなくちゃいけない。 そう思った。 四人が仕事をしてお金を稼げるわけも無い。 それでも命懸けで生きていかなくちゃいけないのは変わらない。 不安な気持ちも、全てほっぽりだして、頑張らなくちゃいけない状態はまさ にこれだと胡桃は思った。 手を繋いだ。いつもより少しだけ強く圭人の手を握った。 ――そうすれば一緒に居れる気がした。一人じゃない気がした。 「怖いか?」 「怖いよ、それは。でも、頑張らなくちゃ、死んじゃうから」 ――この温もりが最期にならないように。この抱擁が最期にならないように。 作戦開始の合図は日暮れ。胡桃は一人、城の前の一本道を歩き出す。 その道は間違うことなくまっすぐ城へと続いている。 ――怖いけど、怖いなんて思わないで。演じて魅せるんだ。これは、舞台。 たった一人ぼっちで迷った孤独な少女を演じるのだ。 門が見えてきた。遠くで見たよりも凄く大きな城。きっと何かの国の施設か何 かだろう。門には二人の近衛兵。 圭人の予想は当たっていた。他の3人は別ルートで先回りしている。 よし、頑張り時だ!と、近衛兵にか弱い声をかけようとしたその時、思わぬ アクシデントが発生した。 「クルミ姫!!何処へ行ってらっしゃったんですか?探したのですよ!?」 近衛兵2人は声を揃えて胡桃に向かって言って来た。 ――へ?私が姫って? 胡桃が混乱していると、3人が出てきて言った。 「ちょっと待ってください。あなた方の探している姫ではありません。こいつ は俺たちの連れで・・・」 すると、その近衛兵はまた言った。 「おや、ケイト王子も一緒だったんですか。ホントに心配しました。あ、侍女 のレイさんと護衛のリョウヤさんも一緒だったんですか。安心です。さあ中へ」 いよいよ三人も混乱している。そんな中で四人は城中に招かれた。 城の門から城までは長い一本道で、沢山の花が道沿いに咲き乱れていた。 きっと季節折々の風景が楽しめるようになっているのだろう。 近衛兵の話し振りから行くと、この世界での胡桃と圭人の地位は非常に高く、 皇族だという事がわかった。さっきから会う兵会う兵に挨拶をされている。 胡桃が姫、圭人が王子。麗が胡桃の侍女で良哉が護衛役。 どっちにしても四人とも高い身分だという事が分かった。 城の中に入ろうとした時、中から一人、六十歳くらいの男が出てきた。 「おい、お前!何故直ぐに見つかったなら全兵に連絡しなかった?!」 その男が怒り口調で言うと、兵は土下座して謝った。 「す、すいませんでした、王!今すぐ全兵に知らせてまいります!」 と走り去って行った。 この人が王。威厳があるような、圧力を感じるこの人が王だった。 この城は王城だった。 そして、それを知って改めて思った。今、自分たちはもとの世界と、日本とは 全然違う場所に来てしまったのだと。そして戻る術を知らない。 只単にこの時代の時間に身を任せているだけなのだろうかと自問した。 王に招かれるままに、王城の中を進んでいった。沢山の肖像画や像、金や宝石 の散りばめられた飾りが至る所に在る。進んでいった先には、大きな食卓があ った。沢山の料理に四人は囲まれていた。 「まあ、食べなさい」 そこに出された料理は腹ペコな四人にとっては、食べるのに高級すぎるモノば かりだったけれど、食べなければお腹を抑えきれないので、少し遠慮気味でパ クつく。 「で、キミ達四人に問うが、何処へ行っていた?私は全兵を持って検索させた のだぞ、分かっているな?」 王が四人に少し怒った口調で問いただした。そんなことを聞かれても、四人と もはっきり言って何を答えていいかも分からない。この王には今会ったばかり だし、何も知らない。この世界の事も。 「黙っているのか?オイ、お前は答えられないのか、護衛に侍女!」 良哉も麗も黙って口を窄めている。食事には手がつけられない雰囲気だ。 こういう時に当られるのは身分の低いものだ。 「そうか、何も答えないか。じゃあいい。可哀相な囚人の気分でも味わってく るといい。オイ、お前。こいつら四人を牢獄にぶち込め!!」 冷ややかな声で王は言った。その奥には隠しても隠しきれない怒りがありそう だった。そして、何かは言葉で言い表す事がとても難しい、そんな感情が。 ――っていうか、私とか圭人って牢に入れられる身分じゃないよね? ガシャン。牢を閉める音が鳴り響く。もう夜だ。窓の鉄格子から夜空が見える。 牢は男女2つに分けられた。それでも隣の牢で、鉄格子を通して触れることが 出来る。月明かりが差し込むこの場所に。 「どうなっちゃうんだろうね、私達」 麗がまた、あの絶望に落ちた悲しい声で云った。 「諦めるのは未だ早い。脱出すればいいんだから。まず、あの王に何処に行っ ていたか大まかに話せばいいんだ。そうだな、城下町を散策していたとでも言 えばいい。そしたら、少なくとも俺たちはこの牢から出られる。姫と王子であ る以上、それなりの対応はされるはず。皇族であるという事は、必ず剣とか武 道を習わされている筈だから、其れを先ずは完璧にするんだ。其れくらいにな ったら、俺たちは力づくで脱出するんだ、命懸けで」 圭人はまた計画的に話し始めた。その事をどうやらずっと考えていたようだ。 ――そうだよ、諦めちゃダメなんだ。エンドラインはまだ見えない。自分たちが 何処に在るのかも分からないけど、前を見て先に進まなくちゃいけないんだ。 そう思って四人は眠りに就いた。 翌朝、目を覚まして、まさか夢じゃないかと、もしかしたら戻ったんじゃない かと、目をよく見開いて見てみても、景色は何も変わらない、牢獄だった。 「オハヨウ」片言で喋る。 今思えば、此処に来て何故か言葉に不便を感じなかった。 自然にここの言葉を喋っていた。 ガシャン 扉が開いて其処に立っているのは、王自らの御出ましだ。 「いう気になったか?」 薄笑いをして視線を四人に、いや胡桃に向ける。この眼、奥が深い。 「はい。僕たちは、城下町の散策に出かけていました。王にそんなことを言え ないと思って黙っていました。スイマセンでした」 圭人が淡々と喋っている。表情は王をしっかり捕らえている。 其れを見て、王は許したらしく、四人を笑顔で招き、きっと元使っていた部屋 なんだろう、そこに連れて行ってくれた。 胡桃の部屋の隣に圭人の部屋があって、その隣には良哉。そして胡桃の隣には 麗の部屋があった。これは都合がいい。 中は凄くよい造りで、はっきり言ってこんな部屋には今まで入ったことが無い。 きっとどれだけお金を持っていてもここまでは出来ないくらいの飾りだ。 まだ心に気に掛かっていることがある。四人とも。 こんな部屋で、何故こんなどちらかというと一般市民的な自分達が暮らすのか。 部屋を見ていると、胡桃は面白い事に気がついた。隠し通路がある。 それは圭人の部屋に通じていた。 ――きっと、姫と王子はこの通路でお互いを行き来してた 胡桃はこんな豪華な部屋にも生活感を感じていた。 ◇胡桃と圭人◇ 隠し通路を通って、圭人の部屋に入る。 最初だったし、圭人がまだこの通路に気付いていなかったから、胡桃がいき なり圭人の部屋に現れた時にはすごくビックリしていた。 「これ、隠し通路なんだよ。すごい便利だよね〜」 胡桃が一人で淡々と喋っていると、圭人が後ろから抱きついた。 「これは昨日の分。これが今日の分」 二人でいるときと皆といる時で態度が違う圭人。 この冒険といっていいのか分からない今の世界は不安ばかりで、期待なんてほ んの一握りもない。それでも精一杯安心させようとしてるのが分かった。 それに自分の不安を紛らわそうとしているのが胡桃にも分かる。 「じゃあ、これは昨日の分でこれが今日の分ね。明日の分は・・・明日」 生きなくてはならないのは今日だけでなく、明日も。その次もある。 旅路は長く、先は見えない。だからこそ今を抱き締めて生きるしかない。 「おいィ、お前ら何イチャついてるんだよ〜、圭人、顔緩み過ぎ!!」 後ろから良哉の声が聞こえたからビックリした。 「ホントに。ちょっと二人きりになると安心してぇ」 麗も居る。 ――結局こうなるんだけどね。 「しかし、あの王、ムカツクな〜。アレは絶対何かやらかしてる口だぜ。俺ス パイしよっか?」 良哉が調子半分で言ったが、圭人が重々しい口調で言った。 「きっと隠しているのなら、すごく重大なものに違いない。権力をカサに使う ような凄い事を。スパイも楽しいかもな」 圭人の口からこんな言葉が出たことに皆ビックリしている。 特に良哉はあの冷静沈着であまり好奇心は沸かないタイプの圭人がそんな事を 言い出したのに驚いていた。やはり環境のせいかと良哉は思った。 「そんな王サマだったら、姫と王子も逃げ出したくもなるよね」 胡桃の何気ないこの言葉に、みんな反応した。 「・・・逃げた?」 「逃げた・・・?」 胡桃の言葉が、真実を明らかにする鍵になるのか、皆がそっちを向く。 「どういうこと?」 圭人がキバって胡桃に聞いた。胡桃は下を向いていた目を上に、正面に上げて 静かに、落ち着いた声で話し始めた。 「昨日の夜、床に就く前に着替えをしたよね?そのときに、ポケットに見た事 も無い鍵が入っていたの。その鍵は、家の鍵とか部室の鍵とかとは全然違う、 西洋風な鍵だった。分からないから、そのままポケットに入れたまま、昨日は 寝たんだけど。それで、さっき部屋に案内してもらって、その鍵が何の鍵なの か分かった」 「何の鍵?」 麗が興味深そうに聞いた。他の二人も意外と真剣に聞いてくれている。 「鍵付き日記帳の鍵だった。その日記帳を開いたら、一昨日までの記録が付け てあって、昨日からは付けてなかった」 手に持って来た日記を開いて読むと、三人は唖然とした。 『王は酷いのです。もう年齢も退位するにはいい年齢なのに、その権力を我が 物にしたいからと言い、私達の婚約を認めては下さらず、退位も十年先と言い ・・・今日、王と王付きの相談役の話を聞いてしまいました。城下町の町人から、 重い税を取り、国の為では無く、そのお金で私腹を肥しています。町人の職 場が危ういのは王のせいなのに』 麗が良哉の肩につかまった。手が震えている。 「こんな王。私達だって何時何されるか分からないよ・・・早く脱出したい」 麗の肩をぎゅっと抱き、良哉は安心させているというか、なだめている。 それとは反対に圭人は、冷静になって言う。 「胡桃、続けてくれ」 こくりと頷き、続きを読み始めた。 『ケイト王子もこの生活には耐えられないとおっしゃって下さいました。私も 同感です。町人も農民も、皇族までもが苦しいのです。旅に出ます。未来の、 私・・・クルミへ。貴女の気配は数日前から私に届いていました。そして、何れ、 この地にやってくる事も分かっていました。私達には出来ませんでした。でも 貴女方は、あの王に屈する事無く・・・やっていける感じがします。だから、私も ケイト王子も安心して逝く事が出来ます。命運を祈ります・・・クルミ』 皆の口は重く、また空気も重く、誰一人口を開こうとはしなかった中で、少し 経ってから圭人がその重い口を開いた。 「そうか・・・ケイト王子とクルミ姫は自害したんだ。だから、俺達が此処に呼ば れたんだ。きっと侍女と護衛も代わりに呼ばれたのは、あの王が消えた二人の 責任を押し付けて処刑したんだ・・・だから俺達が・・・」 いつもの圭人らしくない話し振り。胡桃も良哉の役に回って落ち着かせようと した。そして、麗は疑問に思って問いただす。 「じゃあ、何故私達なの?」 痛いところを突かれた。でも、思い出したように良哉が言う。 「多分・・・転生?生まれ変わりだと思う。さっき、王子と姫の写真、俺の部屋 で見たんだけどさ。そっくりなんだよ、圭人と胡桃に」 あくまでも仮説だが、真実が明らかになった。多分、仮説なんかではない。 真実。理由なんて、其れを裏付ける理由なんて、証拠なんて無いが、胡桃は、 四人はそう感じた。 胡桃が夜がこんなにも怖いなんて思ったのは、此処に来て初めて。 ヒトリノ夜がこんなに寂しく感じるのも初めてだった。 ――皆は何してる・・・? 心配でたまらないのを押し堪えて、胡桃は心の中で思った。 「胡桃?」 扉から声がした。何時も聞く、あの声。 「麗?どーしたの?」 「一緒に寝よ?」 麗は枕持参でドアの外に立っていた。 枕をもってベッドに入る。 ――安心する。きっと私もこうしたかった。 心強い仲間がいる。安心できる仲間がいる。帰る場所はないが、仲間が居る。 只それだけで、支えになるんだと胡桃は思った。 「ありがとう」 麗が眠りに就いたら、小声で静かに、言った。 いつもは見せない、弱い顔を少しだけ見せた。 ◇胡桃とカズン◇ この地に来て二日目の朝。とりあえずは、それぞれそのポジションでやってみ る事にしたのだけど。 「姫様、剣の向け方はこうですよ。相手を鋭い眼光で睨みつけて・・・ハイ」 胡桃はクルミ姫になったつもりで真剣に剣の先生を睨みつける。演劇で培った その眼光といえば、素晴らしいものがある。 「素晴らしい!姫様、素晴らしい上達振りですよ。今までとは全然違いますよ」 クルミ姫は武道が苦手だったらしい。逃げる事が出来なかったのはそのせいか もしれない。勇気がなかったのかもしれない。恵まれた生活から抜け出す勇気が。 胡桃は色々と考えていた。 考えながら剣を振る。初心者にしては太刀筋もしっかりしている。 「姫様、素晴らしいです!太刀筋もきちんとなってます!今日は練習早めに・・・」 魔法と剣の先生役のカズンがそう言いかけると、胡桃はカズンの想像を絶する ような反応を示した。 「え?もう終わるの?あと1時間くらいやりませんか?凄く楽しいです」 カズンは頬が紅色に染まり、笑顔で姫を見た。麗は静かに見守っていた。 ◇圭人と良哉、そしてタイト隊長◇ 圭人と良哉は、近衛兵隊長タイトに剣を習っていた。圭人が習うのは分かるが、 護衛というポストの筈の良哉が何故習っているのかというと、もちろん脱出の 為だけれど、まわりの近衛兵には「王子を更なる敵から必ずお守りする為」と 言って真面目な印象をつけていた所だ。 「王子、相変わらず完璧です。王子の剣は、何時見てもこの地の剣では無いが 故に、敵を惑わす事が出来ます。しかし太刀筋がしっかりしている」 タイト隊長はそう言って圭人の振るう剣を褒め称えた。それはその筈。 圭人=頭がいい&演劇部部長のイメージだが、実は趣味で剣道も習っている。 「リョウヤさん、お守りする必要が無い程王子はお強いですね」 「・・・」 リョウヤは歯を食いしばって剣を振るい、練習を終わった。 其々が目的の為に動き出した。 其々が自分のやるべき事を見つけた今日。悔しさは、身を省みる材料になる。 四人のタイムスケジュールは大変キツイものがある。 日本の総理とかもこんな事毎日やってると思うと、今更だけど尊敬してしまう だろう。 紹介すると、朝は7時30分に起きる。直ぐに10分後朝食。朝食の後は、剣の練 習を2時間位、その後少し休憩を挟んで次は魔法。昼食をとると、2時間の 自由時間が取れる。2時30分からは語学学習等に当て、それが3時間。その後 王との会談があって、其れが終わり次第夕食となる。それ以外にも色々な催し 物に参加したりと、公務もあり大変なのです。 ◇胡桃、圭人そして麗と良哉◇ この王城での生活は、厳しいものの充実しているように思えた。何しろ、剣術、 魔法、語学・・・とは言っても、元の学校の進学校恐怖の7時間授業よりは大分マ シだからだ。さっきまで別々の先生の元で剣術を習っていた二人が、次は同じ 先生の元で魔法学を学んでいる。 「ケイト王子、覚えが早いですねぇ。ああ、姫様!!その蛙は雛に変えるんで す。まあ、人に変えるほうが高等な魔法ですから許しますが」 魔法のメルが言った。胡桃にとって魔法の学習は楽しかった。 遊び感覚で出来る感じだからだ。 これが何時か役に立つと思うと真剣にやろうと胡桃は思う。 ――今はこんなのだけど、蛙を武器に変える事が出来たら?心強いでしょ。 明日の為に、未だ未だ輝く事の出来る明日の為に、今日頑張ろうと決心した。 こんな晴れた日、空には珍しい赤色の光が、照らしていた。 「ホントに、この国が変わればいいのに」 ぼそりと、メルが呟いた。その声は、きっと他の人には小さすぎて聞き取れな かった。でも、二人の耳はその心の声を逃がさない。 「何故?そんなことを思うのですか?」 理由なんて分かっている。分かりきっている。この国も、そして日本も。 政治的腐敗と言うものは、きっと何処でも付いてまわるものだ。 でも、悲しい事だ、こんな世界でもそんな事が起きているのは。 「あなた方には、是非いい政治をして頂きたいです」 メルが赤い空を眺めて言った。心なしか目に涙が浮かんだのは気のせいかも知 れない。 時は同じ頃、王城の屋上にて。 「俺たちも頑張らなくちゃいけないんだよ、麗」 良哉が麗に向かって投げかけている。 その言葉を、麗は十分に感じているようだ。 「圭人も胡桃も立場はトップクラスなんだよ。つまり、考えられるのは「暗殺」 だよ。あいつら、自分の身は自分で守ろうと努力してるけどさ、ポスト的に俺 達が頑張らなくちゃいけないじゃん、少なくとも表向きは。その表向きが出来 ないと俺達四人離れ離れになるかもでしょ?俺達が殺されて」 赤い空、珍しい空。こんな空は見たことが無いと麗は思った。 麗は静かに話を聞いていた。同じ事を思っていた。そんな事は言われなくても 分かっていた。静かに感じていた、そんな事は。 ――離れ離れになるのは嫌。死ぬのも嫌。 だから、考えるまでも無く、きっと選択肢なんてたった一つしかない。 「頑張るかな、夜練」 そう、赤い空に決意した。 ◇麗と良哉◇ 夜、日はもうとっくに沈んでしまった。薄明かりさえも見えない、漆黒。 王城の屋上で、また二人。そして一人。 「リョウヤさん、この切り込み方ではこちらがガラ空きで直ぐに狙われますよ」 「レイさんは、肘が出すぎですね。もっと肩の力を抜いて」 麗と良哉、そしてタイトだ。 そう、いわゆる夜練だ。自分の身だけでなく人をも守らなくてはいけないなら ば、人の何倍練習すればいいのだろう。 夜はもう12時をまわっていた。漆黒の闇の中で、剣の音が只響いて。 その音しか聞こえない、二人は真剣そのものだった。 ◇胡桃とサムエル王◇ 麗と良哉が練習をしている頃、王城中枢部王室にて胡桃。 「クルミ姫よ、そなたはケイト王子を支えていく意志は御ありか?」 王室の黒い大きなふわふわしている椅子に、どっすリと座って、サムエル王は 問う。 「ええ、ありますわ。王子と一緒になると決めた以上、王子に振る全ての事は 私にも関係がありますので」 演じるのは姫、いや違う、嫁だ。これはまるで嫁と姑の関係のようだ。 その言葉を聞いて王は薄ら笑いをした。なんとも不気味な笑顔。背筋に寒気が 走る。嗚咽が出そうな程に気味が悪い。 「ふふふふ・・・クルミ姫よ、私はそなたの考えと違えているようだ。自分の 事は自分に置いて全ての責任があるのだよ。そなたがそのようにお考えならば、 この王城を去るしか方法はないと思うが」 ――何を考えているのだろう。何も読めない瞳の奥底に何があるのだろう。 この人はきっと王座を守りたいだけ。権力が欲しいだけ。 そんなものは、何もならないのに。悲しい人。着飾っても。 腹ただしいというか何と言うか。合わない?いや、違う。根本的なところ。 この人は間違ってる。何も知らない。圭人の何も知らない。 判断基準が何なのか全く分からない。 胡桃は少し腹が立っている。 「ええ。それしかないのかも知れません。でも、王城を去るにしても王子とは 離れませんから」 そう言って、目をまん丸にして膨れている王の目の前から去った。 大胆にも宣戦布告をした。 「糞が」 自分以外誰も居ない王室、その声だけが響いた。 一夜、また一夜が明ける。 それぞれの思いが衝突する一日だった―――― 神は不公平だ。天賦の才は限られた人にしか与えられない。 物事を完璧にこなせる人だって限られているというよりもほんの一握りだ。 それでも、その人達も、目的を達成するためなら努力を欠かさない。 今宵、初めての諜報。 ◇圭人と良哉◇ 夜も完全に更けた頃。もう鐘等はとっくに鳴り過ぎてしまった。 ヒタリヒタリと廊下、息を潜めて歩く気配二人。圭人と良哉だ。 そう、今夜、いよいよスパイ開始日だ。手始めとしては書類を頂戴して、物的 証拠を入手する事だ。保存場所の目星は、この王城に住んで1週間で付けた。 この城は豪勢だ。廊下には、趣味の悪い代々の王の肖像画。 最後の絵は勿論今代のサムエル王だ。顔も見たくないほど憎たらしい。 それでも、その絵を飾る額縁は其の顔に対して酷く美しい。 というか不釣合いに輝いている。金が散りばめられ、その他色々埋め込まれて いる。部屋の扉には、美しく名称が書かれていて、其のプレートも勿論金又は 銀で作られている。それは非常にシンプルだが、廊下を豪勢に魅せるには十分。 二人はある部屋の前に止まった。倉庫。目星を付けた所だ。 他の扉よりも、金の使用具合が少なく、かつ、この部屋にはあまり人が出入り している所を見たことが無いからである。まあ、単純に考えただけだが。 そして他の部屋よりも警備が厳重になっている。とは言っても、現代の警備に は勝らず、程遠いものがある。ピッキングの技術を持ってすれば直ぐに扉は開 くだろう。現代のセキュリティのセの字にもならない。 良哉はポケットに引っ掛けたピッキングの道具の中から取り出し、鍵穴に差し 込んだ。其れは、鍵穴のカチっと来る所を探して穴中を彷徨っている。 見つけると、右に回した。螺旋と螺旋が組み合って回る。 扉が開くと、廊下とは少し違う雰囲気。正に物を置く為に作られた部屋だ。 しかし掃除は確りと行き届いていて埃一つ落ちていない。 早速2人は両端にある書類棚から探し始めた。少し経つと、見つかる。 「あった、リスト!!」 「こっちも。重要書類!国家機密☆」 見つかれば、扉をまた閉め、静かに廊下を歩いて部屋に戻る。 手にはしっかりと抱えて。 2人は気付いていなかった。 背後で見つめる目6つに。その3人は阿鼻叫喚した。 「どうしよう・・・」 もう一週間経てば、四人其々が其々に力をつけてきた。 圭人はもともと剣道のセンスがあったせいなのか、剣術はメキメキ上達し、対 戦相手に先生をも付ける程になった。(先生といえど、兵)胡桃も魔術に長け ていて、下中上最上とある魔法級のうち、二週間で中級魔術まで覚えてしまっ た。これには魔法の先生もビックリしていた。 また護衛としての良哉も深夜練習を毎日行い、隊長と並ぶ程にはなったし、侍 女としての麗も剣術や魔術に限らず色々な知識を吸収し、医学も学ぶようにな った。 「クルミ姫、ここ数週間で剣魔両方がかなり上達しましたねぇ。そろそろ頃合 ですね」 カズンが魔法の教本を手に持ち、言った。が、 「いいえ、何でもありません」 と直ぐに訂正した。 教本を慌てて落としそうになったのを、見落としてはいなかった。 また新しい朝が来て、夜は更けて、朝が来る。 其れを繰り返して、今日が来て。 それからまた日は流れた。 心中の何かは吹っ切れて、王城の生活には慣れすぎて友達まで作ってしまった 頃だ。 そろそろ、城を抜け出す時と四人が四人思っている。 ――星たちの話している私たちの未来はどんな感じなんだろう 星のきれいな夜だった。胡桃はそろそろ頃合だと思っていた。 四人は圭人の部屋に集まった。 「例の脱出計画についてだよね?」 麗が話を切り出した。他の三人も同じことを思っている。 「ああ。そうだな、俺たちの剣魔両方の腕も上がってきたし。そりゃあ、カズ ンとかタイトとかあの百戦錬磨の強さには勝てないけど・・・出来る気がするだ よな」 圭人がそう言った。それは皆が感じている事と同じだ。 胡桃が口を開こうとしたそのとき、ドアがコンコンとノックされた。 そこにはいつも目にする教師陣の三人が居た。カズンとタイトとメルだ。 ドアを開いたら、三人は申し訳なさそうな顔をしながらも、部屋の中にズカズ カと入ってきた。 「御勝手にお部屋に入ってしまいスイマセン、王子。姫様」 年上の人に頭を下げられるとこっちまで申し訳なく思ってしまう。庶民四人。 「そろそろ頃合ですね、皆様。今は脱走の好機ですよ」 タイトの言葉に四人は吃驚した。何故ならそんな話、一言も三人には持ちかけ ていない。 それどころか、四人でそんな話をするのも久し振りなくらいだ。 「皆様が知らないのも当たり前です。僕達は偶々見てしまっただけだから」 圭人が勘付いたように言った。 「そうか、あの夜か」 あの夜の、あの眼差しは三人だったのか。 ――じゃあ、なんでこんな事をするんだ? 「なんで、私たちに加担するの?貴方達は仮にも王側の人間でしょ?」 胡桃は疑問そうに聞いた。 仮にも、この三人は私とは違って王の信頼に置ける人格な筈だから。 「王は、酷いです」 重い口を開いたメルはそれだけ、只それだけ言った。その重み、感じる。 ――私も十分に味わってる、わかる。 「フィアンセ・・・婚約者を、こ、殺されました」 タイトはそう言った。 人の命を奪う事はどれだけ罪深い事なのだろう。尊い命、未だ未来のある命。 そして最愛の人を奪われた苦しみと怒り。悲しみ。 彼はそれでも、後を追わずに頑張って生きている。 ――これ以上は聞きたくない。分かりきっている、王の唯我独尊振り。 「これ以上・・・聞けないわ。話さなくていいです」 「でも、話します。これだけは聞いてください」 胡桃と一番親しかったカズンが口を開いた。 目が腫れているのを見ると、色々考えていたのが分かる。 「王と、王宮付きの魔法使いをご存知ですか、皆様?」 四人は全員首を横に振った。 「ええ、知らないのも当然なんですがね。サファイアって言うんですけど。あ の人には気を付けた方がいいです」 カズンが心配そうな顔で言うのに対して、圭人はそれに真面目に問う。 「何故?」 「あの方は、今現在王城の地下で魔法の研究をなさってます。其れだけなら未 だ幾分いい。あれは黒魔術の使い手なんです。それも相当な。第1級危険因子 と、隣国では定められている魔法使いなんです」 これは良哉でも気付いた。 「つまり、俺たちが脱出しようとすれば、その魔法使いも黙っていない訳だ」 国がそんな悪人を匿ってるという事は、国が重罪を犯している事に等しい。 メルが鞄の中を何やらゴソゴソと探し出した。中から出てきた物は、紙。 多分、この王城の地図だ。 「コレを。抜け道が全て載っています。有効に使ってください」 と、その地図を私たちに託した。それだけじゃなかった。タイト隊長は圭人に 愛刀を渡した。 「コレは王子に捧げます。私の愛剣です、王子の幸運祈ります」 実を言うと、タイトは良哉にも剣を渡していた。 其れがどの位の力になるかは分からないが。 カズンは胡桃に、何やら長い袋を持ってきた。 「クルミ姫様、この中身は何だと思います?」 「分からないです」 フと笑ってカズンが其れを手渡した。 「其れでこそ姫です。それは杖ですよ。貴女がこれから必要となるものです。 もし、サファイアに遭ってしまったら貴女しか救えるものは居ないのです」 「でも、私はそんな魔法は使えないわ」 「禁術を教えます。サファイアは一撃で敗れるような」 ◇胡桃とカズン〜禁術◇ 脱出計画施行迄あと二週間に迫った。 胡桃は禁術を覚えるために、魔法力アップを心がけている。 剣術も少しかじる程度にはやったが、学習の重点は魔法に置いてある。 お陰様で胡桃は上級魔法迄使えるようになった。 「クルミ姫様、禁術について説明しますのでよくお聞きください」 カズンの目つきが変わった。それだけ背に重く圧し掛かってくる。 「この術は、霧の如く辺りを真っ白にし、晴れた後には跡形も無く、まるでワ ープでもしたかのように思う人が消えてしまう、時空漂流術」 今まで習ってきた技とはレベルが違う。 それだけ真剣にやらなければ、身の危険も危ないからだ。 「コレを使用するには、呪文を唱えるのは当然の事、人の寿命を捧げなければ なりません」 ・・・? 「姫様が上級魔法を習った際に覚えた、『寿命封じ』をこの杖に掛けるのです」 「え、でもカズン、寿命を捧げるって・・・どれ位の?」 心配そうな胡桃に向かってカズンはニッコリ笑って言った。その手をとって。 「心配しなくてもいいです。寿命はたった2年程。それに、姫様のではない、 私の寿命を封じて下さい」 ――いけない。こんな事は。もし、カズンの寿命があと1年しかないとしたら 私は人殺しをした罪人になってしまう。そうなるくらいなら、私が自分の寿命 を捧げた方が幾分マシに決まっている。胡桃はそう思った。 「でも、やっぱり」 「大丈夫ですよ。私は師から寿命宣告を受けましたから。2年くらい取っても 死にませんよ。50年取ったって死にませんから。70年は死ぬけど」 ――嬉しい。色々考えてくれている。嬉しい…うんうん。ありがとう。 「じゃあ、掛けるよ」 呪文を唱える。杖の先端からは眩い光。そしてカズンからは寿命が抜かれる。 「ほら、大丈夫だった」 カズンがニッコリ笑って言う。 ――ありがとう。ありがとう。 胡桃の心の中は今、カズンへの感謝の気持ちで一杯だった。 「え?」 嬉しくて胡桃はカズンに抱きついた。勢いあまって頬にキスもした。 カズンの頬が夕陽のように真っ赤になったのは言うまでもない。 ◇麗と良哉◇ 同時刻、良哉の部屋。圭人も剣術の稽古で、胡桃も禁術を覚えなくてはいけな いから稽古をしている所。この2人は今フリー時間。 この部屋は以外にもすっきりしていて、護衛といえど豪勢な部屋。 壁にはこの国で有名な画家の描いた絵も飾られている。 「二人で会うの久し振りだね」 麗が口を開いた。久し振りに決まっている。 2人はお互いに王子、姫に就かなくてはならない身なのだから。 「そうだね。会いたかったよ、麗」 一番聞きたいその言葉に包まれて、泣きたかった。 「ねぇ、私何が出来るかな。あれから色々考えたけど。圭人は剣凄いし、胡桃 はカズン先生にかなり認められてて禁術まで教えてもらってる。良哉も強く なった。皆が変わっていく中で私は何をしたらいいの?何も出来ない私は」 ――背中が、寂しそうだったんだ。 まるで、俺の変わりに泣いてくれているような気がして。 考えるだけで辛かった、過去。 良哉はただただ、麗を抱きしめた。 ――ベッドの中で男なのに毎日泣いた。自分が何をしていいのか分からなくて。 でも、俺は見つけた。圭人を守る事、助ける事。表面上じゃなくって、中身も。 心の支えになれるようになれたらいいなって。あいつ一人じゃ大変だろうから。 抱き締めるその腕は、前とは違う感じだ。でも本質は今でも何も変わらない。 「何も出来なくていい。自分が何かしたいと思ったら行動すればいい。まずは、 誰かの支えになれればいいんだ。俺が、圭人の支えになれるように」 「ありがとう」 空気だけに聞こえるような細い声で麗は良哉の腕の中、優しい声でつぶやいた。 「ありがとう」 そしてあれからまた日が経った。 圭人の剣術は本当に上達していてなんと、この前タイトを倒した位だ。 これには皆もビックリしたし、何よりも剣を教えていたタイトが驚いた。 胡桃も禁術を大分覚えてサファイア対策はバッチリだし、二週間で最上級魔法 まで使えるようになった。胡桃もいよいよ戦いの場で戦力になるレベルにまで なった。 そして、あそこまで落ち込んでいた麗も立ち直った。そう、いよいよ。 王城脱出――― 要は王や王に親しい人、あの危険因子に会わなければ全てが上手く行く筈。 地図を何回もチェックして道順は確認した。 脱出のドアは先生陣が前以て開けておいてくれるらしい。 あとは、全てが上手くいくだけだ。 部屋の中の要る荷物だけは持って、廊下を行く。 勿論、今日の公務とかは全てサボってる訳だから、バレたら勿論ヤバイ。 その豪勢な廊下を抜けると、階段がある。階段を地下の方に行くと、普段は使 われない通路がある。其処を抜けていけば、城の外に出られる。 先生が開けておいてくれたドアを通り抜けて、城外へ。 城の中では思っていたような事は何も無かった。誰にも会わなかった。 四人はそれが逆に怖かった。そして予感は的中する。 扉を出ると、王城周辺の景色が見える。そう、何人も見える兵。 王自らの御出まし。それに、見たことの無い紫色のベールをした人。 サファイア。直ぐに分かった。胡桃の出番があることは確かだった。 杖を確認した。寿命の封印を見た。大丈夫、未だ十年分以上ある。 胡桃が知らない間に、カズンは10年分の寿命をこの杖に封印していた。 禁術というのは使うのに寿命を使う。魔法によっては量はまちまちだが、この 時空漂流術は1回使うのに寿命を約1ヶ月分使う。十年がどれだけ有難いか。 胡桃は心の中で何度もカズンに感謝した。 芝は青々と、しかし兵はピリッとした緊張を私たちに与える。 そんななか、王が口を開いた。 「逃げるのか、クルミ姫よ」 サムエル王の口元は歪んで、でも笑っている。薄気味悪い感じ。 胡桃は王に向かって言った。それは、自分に言い聞かせているように。 「いいえ。逃げるのではありません。私達は旅立つのです」 「旅立ち?馬鹿な。これは“逃げ”以外には考えられない。現に、城を出るの だろ?クルミ姫。愛する王子を連れて」 サムエル王は胡桃を馬鹿にした様に言った。 でも怯まない。言い返す気力はある。 「ええ。王子とは共に行きます。でも、コレは始まりです。私は、この国で苦 しむ人の為に戦います」 演技だなんて三人には直ぐ分かった。アドリブの聴かせ具合は凄く本当に思わ せる。上手い。本当はそんな理由じゃあない。 ――私は、ただ早くもとに戻りたいだけ。 「この国をつぶすような姫や王子はこの国に必要無いと私は思うのだが。そこ で、この二人・・・いや、四人には此処で逝って貰おうと思う」 ――来る。来る。これは殺られる。黙ってみているわけにはいかない。 だって これは私達に降り注ぐ事だから。他人事をしていてはいけない。 私以外に、出来る人はいないんだから。 「サファイア、やれ」 黒魔術、立ち向かっていかなければならない敵の一つ。 兵は「うおォォ!!」と叫び声をあげてこちらに向かってくる。足が震える。 手を握った。怖くない、怖いのは私たちの『死』だと胡桃は心の中で唱えた。 胡桃は杖をつかんで、兵のほうを指した。そして呪文を唱えた。 慎重に、かつ声ははっきりと。 すると兵の前に霧のような白いものが出現する。不思議に思った良哉は胡桃に 尋ねた。 「これ、何の術?」 「霧隠しの法。霧に隠れた人はそれに視界を奪われ、1センチ先をも見えなく なり身動きは取れない筈よ。これは禁術ではないわ」 案の定、この霧の中を突破してまで此処に来る兵士はいない。 もし、動こうとすれば、周りは全員武器を持った兵。何時斬り合いが始まるか は分からないものだから。 また、敵と間違えてきりかねない。軽率な行動は慎むのがこの国の兵だ。 これはタイト隊長から小耳に挟んだ兵の伝統だった。 その中で、兵を掻き分けてこちらにサファイアが来た。 ヤバイ、正直に胡桃はそう思った。 「クルミ姫、素晴らしい魔法でした。これは中級魔法ですねぇ。霧隠し。ほう、 技の応用も利くとは先が楽しみ…だが、私は姫を王子を此処で殺さなければな らないのです、これは悲しいことです」 ――全然悲しくも無い癖に。 そう言って、サファイアは地面に杖で円を書き始めた。 円。いや、これは円じゃない。円はあくまでそれの基本形だ。 そう、魔方陣それも、黒魔術の。 「これは」 「気付きましたか、王子。そう、これは黒魔術の魔方陣。さあ、私はこれで何 をしようか。そうだな、此処に悪魔でも召喚しようか?フフフ。そして、悪魔 がその生血を飲む姿を、僕は此処で酷く羨んであげるよ。そして泣いてあげま しょうか?悪魔に魂を食われた王子と姫を思ってね」 ――対応策なら無いわけじゃない。 禁術がある。でも、そう軽軽しく使えるものじゃないから禁術なんだ。でも、 此処でこれを使わなければ死が待っている。 悪魔に魂を食われた、情けない惨めな“魔法使い”になってしまう。 失敗したら、この寿命をかけたカズンの十年の命は、無駄になる。 ――違う。失敗したときのことなんて考えない。絶対成功させる。 サファイアの背後には霧が立ち込めている。この技は割と簡単なものなので持 続性が高いため、軽く1時間は持つ。その間の兵の足止めは出来る。 しかし、この黒魔術の魔方陣は厄介だ。真ん中の模様のややこしいところが何 だか薄く光っているのは気のせいではない。 ――この黒魔方陣が悪魔を召喚する前に禁術をかけなければならない。 サファイアは何かを唱えている。胡桃も同じ。杖を一回高く振り上げて、呪文 を唱える。先ずは寿命封じの呪文を唱えてから、時空漂流の寿命を唱える。 悪魔が召喚されるより早く、早く掛けるために。口は早々と、かつ力強く呪を 読む。声は、時に絶大な魔力を引き出す。 杖の先端から光り始めた。いよいよ来る。 しかしサファイアの呪文も負けてはいない。このスピード、正直際どい。 「我が名はクルミ、魔力よこの手に杖に集結せよ」 「我が名はサファイア、悪魔よ私に力を。そしてこの世に絶望と死を」 どちらの魔法が早いかなんていうのは、その場で対峙する二人にも分からない。   悪魔を召喚される前に唱えきれたか 今となっては三人は無力で、只、魔法を使う胡桃に願う。 そしていつもは信じていない神に祈る。 お願い・・・と。 10 どちらが早かったか? 早かったのはサファイアの悪魔召喚だった。 サファイアは不敵な笑みを浮かべて言った。 四人の顔に浮かんだものは、そう絶望。 「末路は決まったな」 そう言って杖を向けた。 そして呪文を少し唱えると、目の前に出てきたのは悪魔だ。 初めて見るそれは、絵本で見たものよりも禍々しくて、気味が悪い。 「・・・?!」 胡桃は思いついたように杖を握った。さっきまでかけようとしていた魔法。 それは未だ生きている。そして使える。希望だった。 杖を其れに向けて言った。 「禁術時空漂流、我が寿命を糧にそれを飛ばせ」 発令した。悪魔とサファイアは、空気の間に空いた黒い大きな禍々しい時空の 穴に吸い込まれ、この空間から消えた。 そして彷徨い続ける、出口が見つかるまで。 四人は笑った。笑って胡桃を見た。本当に表情には疲れの色が見えるが笑って いる。 ――前に進めるよ。 胡桃は皆の力になれたことが嬉しくて泣いた。そして言った。 「ごめんなさい。時空漂流が相手の技が発動しても使える事忘れてて・・・」 「そんなの、いいよ」 圭人は頼りになる恋人を労う様に強く抱きしめた。 こんな強い胡桃には感謝しても感謝しきれないと思った。 「よし、先に進むか。あとはあの王をぶっ飛ばすんだ」 前には霧が立ち込めている。それを上手い具合に避けて、後方の王の元へ向か う。未だこの霧の効力は続いている。王が、見えてきた。 「さ、サファイアを倒したのか?」 王は怯えていた。天上天下唯我独尊な王が何時もと違う様子。 切り札がなくなったからだ。 「ええ。あんな奴はぶっ飛ばしましたよ。あ、俺じゃないですよ。胡桃が。 王の元に返ってくるのは何年後、いや、返ってこないかもですけどね」 手が震えている。王は何を言おうか考えている。思ったように口を開いた。 「そうだ、権利をやろう・・・それに地位だ!!」 「いらないよ、そんなの」 「そんな権力カサにつかって命乞いされても誰も助けないって」 そして最後に圭人が口を開いた。もう剣を構えている。 「ぶっ飛ばす」 王はもう其れに従うしかなかった。 「バイバイ」 風が爽やかに吹く。青い芝の上、鮮血が流れる。赤々と。 四人は思い返した。 真実は意外な所にあるものだ。実際四人も吃驚するような所に。 脱走中の事だ。四人は城のバルコニーを飛び降りなければならなかった。 危ない橋だけど、でもそうじゃなきゃ脱出できない。 先に圭人が飛び降りて、胡桃を見る。 「さあ、早く飛び降りろ!!気付かれる」 胡桃はその胸に飛び込んだ。 「ありがとう」 思い出していた。それはもう大分日が経ったが此処に来る前。 そして良哉と麗も同じようにそれをした。 それは現世に居た時の劇と似ていた。思い出してそう思った。 あの日記を思い出した。 それで、地下通路を走行中に麗が思い出したように言った。 「あの劇は・・・ケイト王子とクルミ姫の過去であり、私達の未来だったんだ」 確信は無い。 でも、それは何処か説得力があって、しかもこれからも続いていくんだ。 あの物語には綴られていない未来が。 まだまだ帰ることが出来るのは先の話。 あの劇の話は王城を抜け出す所まで。それ以降は記されていない。 不思議な話が現世とここをどう繋いでいるかは分からない。 でも、その先の物語は四人が演じなくちゃいけないことはだ確かだ。 「王ぶっ飛ばしたのはいいけど、王城抜けたのはいいけど、これからは・・・?」 良哉は素朴な疑問をぶつけた。しかし、誰も聞いてはいない。 「王、殺したの?」 首を横に振って圭人が言った。 「やっぱりさー殺したい程ムカツクけどさ。殺しは犯罪だからねぇ」 「町に出てとりあえず宿を確保するのがいいんじゃない?」 麗が誰も聞いていないように見えた良哉の質問に答えると、良哉は嬉しそうに 「答えるの遅ぇよ!!」 と笑った。 シリアスな展開が終わり、良哉もいつものテンションが戻ってきた。 王城を抜けると、いくつかの小道がある。 脇には緑が青々と茂って、いかにも空気をキレイにしてくれそうな森林がある。 そのうち1本を勘で進んで来たら、何もない広場にたどり着いたから、もう一 度戻って、別の道を来た。だんだんと店が見え始めた。町だ。 町に着いたら、先ずは質屋に行って服をお金にしてもらって服を買うことにし た。いかにもこの格好じゃ目立ちすぎる。 冒険をするなら、動きやすい服がいいに決まっている。 勿論服を買っても、あの王宮で着ていた服のこと、お釣りは腐るほどくる。 麗の服は、白の袖にフリルの入ったブラウスに水色と赤色の混色のスカーフ。 赤と黒のチェックのスカートに黒のロングソックス。正直に、可愛らしい。 胡桃の服は、胸元のぱっかり開いた黄色のレースのキャミ仕立てのトップス腹 から腰の辺りがきゅっと締まった感じの白のフリルのミニスカート。ズボンは ジップポケットのデニム。胸元には銀の月を模ったペンダントが鈍く光る。 一方の男性陣は…というと。圭人の服は、青色のジャケットにダボいTシャツ。 ズボンもシャカシャカのダボいズボンだ。良哉は、黒の紗のローブにズボン。 金の太陽を模った指輪を指に所有している。いずれも、ここに馴染んでいると いえば馴染んではいるが、センス的には超現代的だ。つまり、馴染んでもいる が、浮いてもいるわけだ。まあ、少なからず王城で過ごした格好よりは大分、 いや、幾分マシだ。 少し歩いたところに宿はあった。 もうこれ以上歩くのが面倒だから、直ぐにそこに決定した。 宿に入ればもう、疲れて眠い4人は、部屋に入るなりばったりと倒れこんで、 眠りに落ちた。 ――夢のような1日だった。 そして忙しかった一日が、夜が更けていく。 明日はどんな明日だろう。そしてまた夜が明ける。
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