++Dearest++





これは改訂版です。
なぜなら初版が作品として酷かったので(汗)
回を選ぶとその回に飛びますよぉ〜。
11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
1〜10目次 21〜30目次 31〜39目次
11 そして新しい朝が来た。 目覚めは爽やかだった。宿での朝食を取り、荷物をまとめ、早々と出発する。 何処に行くわけでもない。けれど、前に進みたい一心だった。 「先ず住む場所探そうぜ」 と言う良哉の意見のもと、今は動いている。 町を今出ようとしている。其処には一本の小道が細々と。しかし長々と続く。 それを進んでいくと先には森がある。それを抜けなければ次の町にはたどり着 かない。だからこの道を四人は進んでいる。 森の奥に進んで行くと、そこには一軒の家があった。 森の中は街中とは違って、そこは自然に満ち溢れていたし、何より小鳥の歌、 動物も居る。 その家は街中にあったような中世の建築物とは違って、森の木を切り倒して作 った丸太小屋だ。しかし、それは古い訳ではなく最近新しく作られたような木 だった。 「お〜、家じゃん!!ナイスじゃん。コレ無人だったらパクろうぜ」 良哉が嬉しそうに叫んだ。顔もほころんでいる。 「無人だったらね。人がいたら申し訳ないでしょ?」 麗がすばやく反応した。良哉が言えば麗が突っ込む。なんかお似合いな感じ。 悪く言えば所帯じみている。 その家の扉を開けた。 「すいませ〜ん、誰か居ますかぁ?」 胡桃が上に向かって叫んだ。この小屋はどうやら二階建てだ。 すると、上のほうから声がした。階段から足音がドタドタ聞こえる。 出てきたのは三人の男女。 それも四人と同年代くらいの、まだ少年の域を出ていない青年2人と、まだあ どけない少女の顔をした一人。 「どーしました?こんな森の奥で」 そう聞いたのはその女の子。 「えっと、ちょっと迷っちゃって・・・それで次の町に行きたいんですけど・・・」 圭人がこういうときは頑張る。交渉役などは圭人の専売特許だ。 「え?この森を抜けるには今からじゃ2日掛かるよ。一日泊まってけば?」 そう一人の青年は言った。 「ありがとうございます。じゃあ一晩お願いしますね」 恩は受け取っておくものだ。床が一晩確保できた。 「私はレーラ。一応パン職人やってるよ。夕飯の時に食べてね」 まずは全員の自己紹介から始まった。それはまあ、礼儀というか普通にやらな くちゃいけないだろうから。 「俺はライム。絵師なんだ。この森の風景を描いてる」 「僕はロビンだ。一応二人に付いて此処に住んでる居候みたいなもの」 三人は見た感じ仲良しだ。恋人とかそう言う関係はまったく感じさせない。む しろ親友の域だろう。 「私はクルミ。演技がちょっと得意なんですよ」 「あたしレイ。最近人の怪我の治療が出来るようになったんだ♪任せてね」 「俺リョウヤ。元気と体力自慢っす」 「僕はケイト。剣術と演技が自慢かな」 ――向き合って自己紹介って合コンみたい・・・ 胡桃はそう思ったが口にはしなかった。 四人の自己紹介も終わってこのリビングが団欒(だんらん)室みたいな雰囲気 に包まれていた。それも、かなり馴染んでいる。 「ロビンって何か自慢できる事ないの?」 皆が自慢できる事、特技を話していたのにロビンは自分のことをあまり話さな かったから麗が不思議そうに聞いた。 「あんまりないかなあ」 でもロビンからは不思議な雰囲気がする。胡桃は気付いていた。 「リョウヤ、クルミってかわいくない?俺惚れたかも」 そうライムが話していると良哉は苦笑いをして圭人を見て言った。 「強敵が居るから気を付けろよ」 とにかく家の中は盛り上がっているようだ。 そんな中胡桃がロビンと二人きりになった。 この二人以外の全員がこの森だけに生息する絶滅寸前の鳥が見たいと言ったか らだ。部屋の中は微妙な空気が漂っていた。 「ロビン何か隠してるでしょ??分かるよ」 「バレた?鋭いねえ。僕が魔法使いだって分かるなんて」 胡桃は苦笑いしてロビンに言った。 「分かるわよ。魔力が溢れてるし、隠し切れないわよ。私だって魔法使いだも の、一応」 「一応なんて嘘〜、僕も感じてたな。クルミ、相当な使い手だろ?」 「ロビンこそ」 話を聞けば聞くほどその世界にのめり込んでしまう。胡桃とロビンの話は盛り
上がっていた。ロビンの知識は予想以上に深かった。
ロビンは非常に優秀だった。魔法検定というものがこの世界には存在する。こ
の検定を終了したものはこの世界に三人しかいないらしい。その中の一人だ。
それも、全てトップで合格するという使い手だ。ロビンのこの容姿も魔法でレ
ーラとライムに合わせて若くしているらしい。
本当は二十二歳で四人より四つ年上だ。
それでもこの二人の会話に年齢差は感じられない。気が合うといった感じだ。
ロビンはこの二人を魔法使いとして守っているらしい。
親の居ないこの二人にとっては、二人きりはどれだけ危険だろうか。
それを分かっての上だろう。
「ロビン、いい人。友達になろうよ」
「ああ」
そう言って魔法使い特有の親友の証を立てた。
二つの杖を光が取り囲む。そう、この世界でのはじめての“親友”だ。


レーラのパンは美味しい。それは何とも言えない味で、間違いなく食べた事の
無い味。夕食の何とあわせても合う味。レーラの個性がパンに出ている感じ。
個性がパンに出ているというよりは、これがレーラかというパンを作る。
それを美味しく頂いて、ライムの絵を見た。
それも、さっきまで見てきた森の風景がありのままライムの手によって再現さ
れていて、写真を見るよりも美しく、心を豊かにする色合いだ。
そうして今日も終わろうとしている。
また夜が来る。森の夜は闇だ。
今、蝙蝠(こうもり)が家の前を通り過ぎて行った。





12





朝。目覚めて荷物をまとめてサヨナラかと思っていたら、あと二週間滞在させ
てくれるらしい。というよりはさせられるらしい。
どういう経緯だかよく分からないが、圭人が今日の朝早く(一番早い)起きた
ら、三人にそう説得されたらしい。まあ、床に困っている四人だからそれは
嬉しい事なのだけれど。
圭人は多分、自分たちを気に入ってくれたんだろうと解釈した。
「おはようクルミ。今日も可愛いね〜☆」
朝っぱらからこんなハイテンションなライムは真っ先に胡桃の元へ。
「あ、おはよう」
それを、いや、ライムを睨みつける二つの目。
同時に圭人はライムは胡桃を気に入っていることを解釈した。
「抑えろよ、圭人。俺たちは今三人のお陰でここにいるんだから」
「ああ・・・」
良哉が圭人をなだめている。しかし圭人の怒りは一向に納まらない。
しかし、本人もそれを理解していて口には出さないように我慢しているようだ。
さすがに自分自身の中にあるそんな心を叫び散らして、恩を仇で返すことはま
だ出来るような間柄ではない。
朝食のシリアルを食べると、それぞれがそれぞれ勝手な事をし始める。
圭人はスネて部屋に戻っていったようだ。
「圭人可哀想かも」
「だね〜。麗、おまえ俺以外の男に惚れられるなよ」
それに対してこっちの二人はラブラブモード全開だ。



「ヤベぇ。クルミ凄いじゃん!五大禁術全部出来るの?!俺でも出来ないのに。
センスあるよねやっぱり」
クルミとロビンはロビンの部屋で、魔法について話していた。
まあ、ロビンとは魔法以外でも話は合うのだけれど。
「魔法始めて未だ二ヶ月だけど・・・」
ロビンは目が飛び出すくらい吃驚した。それはもう魔法使いなら誰でも驚くよ
うな事だった。
「二ヶ月で最上級までの一通りの魔法と禁術・・・どんな先生に教えてもらった
んだよ?」
ロビンでさえ、今二十二歳。十歳から始めた魔法。積み立てて今に至るのだが、
それを普通にやったら三年は掛かるものを二ヶ月で取得した胡桃は元々その為
に生まれてきたと言っても過言ではないとロビンは心で思った。
「先生は・・・カズン先生。私に十年の寿命を下さったわ」
胡桃が嬉しそうに笑っている顔を見ると、見ているロビンの顔が赤く染まる。
胡桃は自分に戦う力をくれたカズンが今でも大好きだった。
カズンのお陰で胡桃は戦いの場でも足手まといにならずに済むし、役に立てる。
思い出している胡桃を背に、われに返ったロビンはまた驚く。
「カズン?!あの王宮の??ってことはクルミ達・・・いや、貴女方は・・・クル
ミ姫とケイト王子ですか?」
さっきまでのタメ口が敬語に変わった。胡桃は急に距離が離れたように感じた。
「うん。だからどーしたの?城なんてもう脱出してきたし。それに、敬語はや
めてよね。私達親友なんだからさ」
ロビンは微笑した。窓には鳥たちが、餌を求めやってくる。
ロビンはそうだった、と背中に手を回した。
「ああ」
二人は壁を取り払って本当の親友になれたかもしれない。



一方。ライムは胡桃ラブで、部屋にこもっては贈る絵を描いている。
それは森の大自然の中でたった一つの希望を見つけた少年の絵。
はっきり言って、ライムはそんな空想画は描かない。風景画専門だ。
そんなライムが描いている。そんな絵を送るのはライムがアピールする時の常
用手段だった。
それをドアの隙間から見ているのはレーラ。レーラはライムの事が好きだ。
小さい頃からずっと一緒に居て、怖い時には傍に居てくれる。
そんな優しさが大好きだった。でも、そのライムはレーラではない別の女性の
為に絵を描いている。
レーラはそれが辛くてしょうがない。心がはちきれそうだ。
それでも我慢しなくちゃいけない。それは、圭人も似たような心の痛み。
皆それぞれ似たような心の痛みを抱えている。
好きな人が他の男から好かれていて仲良さそうに喋っているのを黙ってみてい
られるような心の広さを生憎圭人は持ち合わせていない。
「・・・っ!!あの野郎」
殴るのは自分の腕。痛いのは自分の体と、心。
だけど。
それを分かっていながら冷静な圭人が心を抑えられないのは、彼女のせい。



「ねえ、胡桃とロビンって仲イイよね。やばくない?いつも一緒じゃん」
麗が良哉に尋ねた。ここは胡桃と麗の使っている部屋。荷物以外は何も無い。
「全然ヤバくない。それって圭人のことだろ?大丈夫。あいつら親友だから。
それもそれから恋人になんて進展する“起きて破り”をやった時には親友規約
の魔法によって己の体を焼き尽くされる事になってるから」
親友規約というのは親友の証(ちょこっと前回参照)で、何に現れるかという
と、二人の体、丁度背中に同じ形の、でもこの二つ以外この世には存在しない
形の魔方陣が描かれる。この魔方陣がいつでも二人を引き寄せる、運命の歯車。
しかし、この親友規約を解く前にその相手と恋をしてしまう“掟破り”をする
と、契約違反として己の体を魔法によって焼き尽くされる。
怖そうな証だが、掟破りさえしなければ何もない。むしろデメリットよりもメ
リットの方が多い。いつでも何処に居るか探知する事が出来るし、お互いの個
々の能力が高ければテレパシーも出来るようになる。
「今日一緒に寝よ?麗」
「何考えてんの?」
「圭人と胡桃の事。あいつらココで繋いどかなくちゃこのまま圭人が壊れる
よ?と思って・・・」
麗はそんな深いところまで考えているんだと感心した。
いつもアホな事ばかり話している良哉がこんな真剣にそこまで考えているなん
ていう事に麗はまず感心した。
「わかった。一緒に寝よ」
麗もあの2人が大切だから。見捨てられないから。
大切な、親友だから―――

その後も色々続いた。その都度圭人は怒ってライムと口を聞かない。
それにライムの胡桃に対するアピールも派手になっていって、レーラの胡桃に
対する嫉妬心も大きくなっていった。でも胡桃が喋りたいのはライムではない。
胡桃は圭人が気になってしょうがないのに、ライムを振り払って行けない自分
が情けないと思った。
森の奥へ行って魔法の練習をしては、ライムがうっとーしくて何度も魔法を暴
発させてロビンに怒られた。でもロビンはその原因がライムだと分かってか、
ライムを追い払ってくれていた。
親友規約のテレパシーも使えるものだ。二人の能力はお互い高いから。
レーラはライムに進んで喋りかけていったが、あまり思うように行かなくて、
誰もが悩んでいる。


大好きなのに。
大好きなのに。
辛い。







13




大好きなのに。
もっと相手にして欲しいのは別の人なのに。
苦しい。



夜、食堂で夕食を取る皆は静か。理由は明らかだが、誰もそのことを口には出
さない。そんな中で、良哉が口を開いた。
「なぁ圭人。俺さ〜今日麗と寝るからさ、胡桃と同じ部屋で・・・ダメ??」
圭人の視線は一旦ライムに向けられた。ライムは良哉の言葉にピくっと反応し
たが何も言わなかった。
しかし、また向き直ってみると、すがるような良哉の目。
これには圭人も耐えられなかった。
「わかった」
全ては良哉の思惑通り。事が進んでいる。あとは本人次第。
 


◇胡桃とライム◇
胡桃は悩んでいた。でも気持ちが固まれば迷いは無い。
――それは圭人から教えてもらった。だから、迷わない。

コンコン。

ドアをノックする音。ここはライムの部屋。
「あ、クルミ。どーしたの?」
胡桃が一人で部屋を訪ねてきてくれたことで浮かれているライム。
しかし、それに相対している胡桃の表情と心境。
「話があるの」
そのまま部屋に入っていった。
「何?俺に興味持ったとか?」
「全然。ライムなんか眼中ないよ。しつこいの・・・」
「え?」
「だからつまり彼氏いるって言ってるの」
「誰」
「もう、馬鹿じゃないの?良哉から聞かなかったの」
「まさか・・・ケイト?」
首を縦に振る。ライムは相当なショックを受けた。
しかし、それは2人の事にではない。クルミの“性格”にだ。
「ホントに。勘違いもイイ所よ。大体なんで一国の姫の私がお前なんかと」
もう放心状態だった。何をいわれても理解が出来ない。
ライムの頭がエラーを起こして話に付いていかない。
「ク・・・クルミ??」
甘い態度ではいけない。こうする事が一番の得策だと考えたのだ。



◇圭人と良哉、麗◇
「お前がしっかりしなくちゃいけないんだよ。よく考えろよ」
男性陣の部屋にて。良哉が圭人に語りかける。
「でも、胡桃の気持ちがライムに傾いてるのなら・・・」
圭人らしくない一言だった。圭人がここまで自信をなくしている姿を二人は初
めて見た。原因は彼女のこと。
「もう!今まで何してたの?胡桃は今まで誰が一番好きって言ってたの?圭人
でしょ?あんたがしっかりしないから、ライムに押されて胡桃が悩むの!どれ
だけ悩んでるか分かってるの?魔法暴発させる位。胡桃があんたのこと好きで
悩んでるの。自信もちなさいよ!!」
麗がキレた。それは、誰の為でもない。圭人と胡桃の為だ。
大好きな親友だから。辛い事だって、何だって。本人が見つけられないならば、
答えへの道を指し示してあげるのが親友なんだから。と考えてのことだ。
怒ったことに対しても良哉は止めなかった。二人とも同じ思いだったからだ。
大好きな親友たちには仲良くして欲しいから。
「ごめん・・・俺、胡桃好きだから」
数分経って、圭人がそう呟くと、麗と良哉はそろって反応した。
「だから?」
「だから。もう一回惚れさせる」
さっきとは違う、自身に満ち溢れた一言だった。


◇胡桃と圭人◇
麗と良哉は女性陣の部屋で寝ているから、胡桃と圭人は男性陣の部屋で寝るこ
とになった。いつも使っている部屋とは違って、違う匂いがする。
「胡桃・・・俺の事怒ってる?」
静寂の夜。先に口を開いたのは圭人だった。まるで自分の行動を懺悔するかの
ような表情だった。
「怒ってないよ。でも、怒ってた」
圭人は分からない顔をした。そりゃあ、分からないだろう。胡桃は正反対の事
を言ったのだから。
胡桃が圭人の手を掴んで、胡桃の胸に持っていった。
手から伝わるのは胡桃の胸の鼓動、思い。
「私の気持ちは知らなかったでしょ?自分で精一杯で」
胡桃はもう怒っていなかった。むしろ、嬉しかった。
こうして圭人と二人でいられることが。
「俺さ、自分のことばっかりで何も考えてなかったよ。こうやって喋りたいと
か、何も考えれなかった。只、凄いムカついただけで・・・」
圭人の手が胡桃をきつく抱き締める。そして続けて語り始めた。
「あの話。俺たちが付き合う前にやった劇、青い靴。少年は・・・少女にこう言っ
たんだ『迷うな』でも、少年は迷路に迷ってしまった。自分から出ようと思わ
なければ永遠に出ることの出来ない心の迷路に。けれど、少年はやっと抜け出
す事が出来たんだ。何よりも強い『答え』を見つけて。俺、いまそれかなって
思うんだ」
圭人の視線は真っ直ぐ胡桃だけを捕らえている。痛いほど真剣で、けれど反ら
す事が出来ない程惹きつける。
「胡桃・・・好きだよ。いや、愛してる。世界で一番。だからもう一回、付き合っ
て欲しい」
声が部屋に響く。いや、響いたのは部屋の中だけではない。心の中奥底まで、
けれど何処か安心できる場所。
その安らかな胸の中まで、頬を紅く染めて。
「私も、愛してる」
好きや愛してるだけでは足りない関係だった。言葉では言い表せなかった。
絆は思ったよりも深く、因縁めいたものだった。二人が一緒なのは必然。
熱いキス。狂おしいほどだった。体は欲望に支配されて、激しく求め合う。
また新しい絆が出来る。二人ならきっとやっていける。そう信じていた。



◇ライムとレーラ◇
ライムの部屋には暗い空気が流れていた。その部屋にはレーラとライムの二人
きり。ほかに誰も居ない。
「俺さ、クルミに振られたけど別にそんなに苦しくない」
けれど、それは何処か我慢しているようにも見える。
いや、間違いなく我慢していた。
そして圭人という存在がいるにも関わらず知らずに手を出した自分が恥ずかし
かった。
そしてあの辛い、苦しい、泣き叫びたいほど悲しいのに歯を食いしばって一生
懸命前を見ているライムがレーラには愛しくてしょうがなかった。
「我慢しなくていいんだよ。肩の力抜いて?泣いてもいいんだよ」
すがり付きたくてしょうがなかった。それは別に不思議な事でもない。
只、あまりにもレーラの優しさが嬉しくて。







14
   




清々しい朝。昨日とは空気が違う。
――目が覚めると、隣にはあなたが居て。なんだか嬉しい感じ。
先ず、パジャマから着替えて二人が向かったのはライムの部屋。
申し訳なさそうにドアを開けると、そこにはライムとレーラの二人の姿。
「ライム、昨日はごめんなさい!!あの性格はね」
胡桃が事情を説明しようと口を開くと、途中で言葉を遮った。
「知ってるよ、演技だろ?俺を諦めさせる為の。クルミが来た後に、ケイト
も俺の所に来てさ。半分脅して帰ってったよ。ホントラブラブだよな〜」
ライムがそう言うと、すかさず圭人がライムに問う。
「でも、もうレーラとデキたんだろ?具合はどーだった?」
圭人がそんな事を真顔で聞くものだから、ライムとレーラは顔を真っ赤にした。
風が爽やかだ。



「胡桃」
森の中で胡桃が魔法の練習をしていた所をロビンが訪れた。
「何?」
「よかったね。仲直りできて☆」
「うん。ライムも彼女できたしね」
このライムとの事も、圭人と仲直りできた事も一番最初に知ったのはロビンだ。
親友規約のテレパシーは本人がその情報を欲しなくても自然に取り込まれる。
只、忘れようと思えば直ぐにでも忘れる事はできる。
「もうすぐ、別れだね。二日か」
もう二日しかない。色々なトラブルはあったけれど、やっぱりこんなにも身近
にお世話になったのは初めてで、何よりもこんな同年代の友達も初めてだ。
「俺、決めたんだ。クルミ、いや胡桃。お前たちの旅に同行してもいいか?」
心の中の何かが弾けた。嬉しさが溢れそう。
この世界で、たった一人の親友。この世界の悩み全てを理解してもらった親友。
一緒に旅をするなら安心する魔法の使い手。
「いいよ。あとは圭人とかにも聞いてみて!(きっといいって言うから)」
杖の先からは眩い虹色の輝く光が溢れんばかりだった。



ロビンの旅同行は心から歓迎された。そして私達の出立は明日。
レーラは一番の腕を振るって、豪華な夕食を。ライムは思い出に残る、この森
の絵をプレゼントしてくれた。夜は楽しかった。
酒を入れれば暴れたいだけ暴れるし、飲めば飲むほど上がるテンション。
まるでその寂しさを紛らわすかのように。
たった二週間。でも長い二週間だった。
――感謝したい。ありがとう。そして、いつかの再会を願って。
夜は更ける。


けれど離れ離れにならなくてはいけない時が何時かは必ず来る。
――その別れの一つ一つが、悲しい。
でもそれはまた新たな始まり。荷物を片手鞄に抱えて、二週間お世話になった
丸太小屋を見る。小屋の前には残るライムとレーラが居る。
「バイバイ!また、会おうね!」
出会い、別れ。時にそれは一つの紙の端と端のようなものだ。
――でもお終いじゃない。まだ会える。きっと会える。
そしてその時には、あの二人が幸せであって欲しいかな。
ロビンは二人がいつまでも手を振り続けているのを目に焼き付けて二人の元を
去っていった。



森をさらに奥に進むと、次の町がある。本来ならば、もっと時間が掛かる筈な
のだが胡桃とロビンの術のお陰で僅か二時間で森を抜ける事が出来た。
「うっわ!!超賑やか。可愛い子居ないかな〜」
良哉はそう言って麗に殴られた。冗談で麗は怒った
そう、そう思わせるほど賑やかで、活発だ。
先ずこの町での宿を取って、それから町視察に出かける。
「へえ。あれがクルミ姫とケイト王子」



圭人と麗と良哉の三人はまず書籍を見に行った。古本屋から何処まで。
今はこうして楽しそうに過ごしているのだけれど、やっぱり心配している親も
居れば、エリート達の抜けた演劇部がどうなっているかも心配だ。だからこそ、
早く帰らなければという焦りもあるのだろう。
一方、胡桃とロビンはこの町で魔法に必要な薬草やなんやらを仕入れた。
胡桃たちはあくまで王城を脱走した身であって、何時追っ手を差し向けられる
かは分からない。だからこそ、常に万全な対策をしておくことが大切だと悟っ
たのだろう。まあ、コレは悟ったというよりはロビンの忠告だが。
そう、もうこの町にも姫と王子の存在に気付いた人がいる事を、五人は未だ誰
も知らない。


宿に帰ったら、やはり今日の報告から。圭人たち三人は、元の時代に戻れるよ
うな書物を探しに行っていた。しかし、その当時、そんな思想をする人が居て、
本に書き下ろしたとしても、いずれもそれに確証は無い物ばかりで参考になら
ない。
ロビンはふと考えて言った。
「別の世界へ人を飛ばす術なら有る。でも、それは禁術のさらに禁術。裏禁術
に特別指定されているものなんだ。使うときに犠牲にするのは禁術のような寿
命じゃあない」
「じゃ何?」
圭人、良哉、麗の3人は期待に胸を弾ませながら聞いた。しかし、胡桃はある
程度何なのかは感付いていた。禁術のさらに禁術ということは犠牲にするのは
人のそれ以上に尊いもの。禁術の寿命よりも尊いもの。
「人の命二人分。それも、たった一人につき二人分の命だ」
三人は背筋がぞっとした。なんてものに期待したんだろうと。
胡桃は予想道理で何かおかしい感じだった。
「それでも帰りたいなら、俺の命と、その他の七人ぶっ殺して帰すよ?」
ロビンは真剣な眼差しでそう言った。ロビンは自分の命を賭してもいい覚悟を
持っている。それも怖かった。
しかし、誰もそれに賛成するとは思わない。あくまで四人はこう揃って言う。
「人を殺すならあの腐った王と一緒。それにロビンには死んで欲しくない」
そう、あくまで平和主義的に(だって元々平和ボケの日本人だし)
そして友達を自分達のせいで殺すなんて惨い事は出来ないからだ。
――まだまだ帰れるのは先の事だけど、今を精一杯生きる事はできるから。






15


人を殺してもとの世界に帰るだなんて考えるだけで気が狂う。
ロビンの言う魔法は確かに存在する。胡桃も名前だけならカズンから聞いてい
る。しかし、誰も使おうとはしない。人を殺すのは自分の心を殺す事。
その時点で自分の時間が止まる。
「ああ、俺も死にたくないからね」
ロビンは冷ややかに言うが、胡桃はその裏に隠された思いを知っている。
しかし、ココまで来て大した情報が何もないのもおかしな事だった。
何時でも当たり前のように本やTV、ネットで入ってくるあの時とは違うのも。
「とりあえず、ここを拠点にして情報収集だなっ」
良哉が空を見ながら言う。
夜空には沢山の星が輝いていて、未だ自分達に希望が残っている気がして―――


夜を使って、ロビンと胡桃は魔法薬の制作を始めた。
十三種類の薬草を順番に鍋に放り込んでいく。さらに、馬の毛を細かく裂いた
ものと、ウドの丘に咲く花の花粉を微量、卵白を泡立てて人の爪を混ぜたもの
を入れる。
夜はもうすっかり暗くて、皆は既に眠りに就いている。
「胡桃、この魔法薬を作るにはどうしたらいいと思う?」
ロビンが眠そうな胡桃に問う。やはり眠そうに胡桃は答える。
「融合の公式の・・・五くらい?」
「惜しい!公式の六だよ。唱えて十五分煮ると甘い香りと雨蛙色の薬が出来る
筈だよ」
宿の台所を貸してもらって作っているが、実に不用心だ。何時、何が襲ってき
てもおかしくない。
この魔法薬は、服用すると一時間は何をされても絶対の防御が出来る。全身が
鉄のように固くなり、砲丸をも弾き返す。
いつ王の手先が追ってくるか分からないのに、呑気にはしていられない。
出来る限りの事を今のうちにしておくことが得策だと考えたのだろう。

「寝てるし・・・」
漆黒の闇の中、ロビンの言葉が空を切る。



次の日もまた情報収集に町へ出る。
また二手に分かれて行こうとしたその時、目の前には見た事もない人が喋りか
けてきた。
「貴女方は、かの有名なクルミ姫とケイト王子ですね」
顔はどちらかと言うとまだ垢抜けていない少年。髪はセミロングで切り口が揃
っている金髪。全体的にゆったりとした服を身にまとい、緑色の澄み切った目
にきりっとした眉。そしてゆったりとした服に対してすらっとした体つきは見
る者を魅了する。
一同は吃驚した。何故こんなお方が私たちに用・・・?と。
「え、ええ。ですが私達は・・・」
胡桃は少なからず慌てている。それもその筈である。それをロビンはしっかり
キャッチしてフォローする。
「以前は姫と王子というご身分でしたが、今は皆さんと同じ、平民となんら変
わりはありませんよ」
その男はロビンを見た。正直に言わなくても、ロビンの格好は目を引く。
どこの誰が見ても可笑しいと思う。典型的魔法使いファッションだからだ。
そんなわけだから、勿論その男もロビンの事が気になって問う。
「貴方はどちらで?」
「只の宮廷付きの魔法使いですよ。もうその職を下りてお供させて頂いている
だけの使用人みたいなものですが」
勿論そんなものは冗談だ。だけど、誰もが信用できるわけじゃない。
真実は隠していかなければ。
「そうですか。あの、お供させていただけないっすかね〜?」
――ハイ?
一同その男を見る。呆然と、ただ眺める。
会って数分、いきなりこんな事を言われても信用のかけらも無い。
「あの、私たちのことばっかりさっきから聞いて、そんな事言うのなら貴方、
自分の事少しは話しなさいよ。全然信用できないわ」
麗がぐさっと来る言葉を言ったが、それはあくまでその場に居る全員が思った
事を代表して言ったまでだ。
「僕は、ルウク、学者。別にあんた達の命を狙って来た訳じゃないよ。ほら、
ちゃんと学者免許も持ってる。なんで僕があんた達を探したかって言うと、魔
法使える奴が居るだろ、その中に」
ルウクは鋭い目で言った。その言葉はリズムよく吐かれる。
「ええ、私ですね」
ロビンがそう言うと、ルウクは未だ鋭い眼差しで言う、吐き捨てるように。
「いや違う、お前じゃない。確かにお前は凄い奴だけど、僕が興味あるのはそ
の姫の方だ」
「私が何か」
胡桃はルウクを鋭く睨んだ。未だ何も知らない。安心してはいけない。何時も
胡桃の頭の中にはそんな意識が、もう潜在的に芽生えてきている。
「禁術を使うそうだが」
「それが?」
空を見上げて言った。素晴らしい快晴だ。ルウクはさっきまでの鋭い眼差しが
見る見る変化していく。それはその場に居る全員が気付いた。
「僕さ、禁術の研究やってるんだけど、詰まる所書物だけじゃ分からないこと
だらけでさ、公式すら不明確なんだよ。僕、研究を大成させてからじゃないと
自国に帰れないことになってるんだ。だから、風の噂で姫が使えるって言うか
ら信じて来て・・・早く国帰りたいんだ」
目には涙を浮かべるほど。何か切ない。
「今、何年国に帰ってないんだ」
圭人が聞いた。圭人の言葉は何処か優しくて、包み込むような。
「七年。もう直ぐ八年になる」
ルウクが泣きながら言う。それはそう考える筈だ。
「ってか、私も禁術使えるんですけどね・・・」
ロビンが寂しそうに言う。しかし誰も聞いていない。
「分かったわ。貴方の研究に協力してあげるわ、だけど」
胡桃が思い立ったように言う。全員はこの先に何を言うのかなんとなく、予想
がつく。
「だけど?」
「貴方が持っている限りの移動魔法及び時空魔法、漂流魔法の情報を全て、私
達に提供しなさい。どうする?」
ルウクはちょっと苦笑いした。






16




その瞬間、閃光のようなとても眩い光が辺りを包み込んだ。
「オイ、圭人!あいつら何やってんだよ?」
良哉は少し疑問に思っていたところだ。それはその筈で、その場に居る胡桃と
ロビンしか状況が理解できていない。もちろん圭人も魔法のことは少しかじる
程度にしか分からない。それはその筈だ。やはり親友規約のテレパシーだ。
魔法って凄い。その杖を向けられて何やら色々な光が差し向けられているルウ
クはこの場に居るロビンと胡桃以外の中では一番状況が理解できていないはず
だ。見る限りにかなりの放心状態だ。口もぱっこり開いている。
余りの驚きだからしょうがないと言えるが、いい顔立ちなのだからそんな顔を
して居たら余りに勿体無い。と、言える程の物だ。
光は止まって、正気を取り戻したルウクは問う。
「俺、今何やられたの?」
ロビンは答える。杖の先を下ろし、服の中に隠す。
自分が魔法使いという事を隠している。
「誤浄霊の公式って言って、誤魔化している事を全て浄霊・・・この場で吐かせる
法。幸い、キミは何も隠しもしていないようだから」
「キミじゃなくてルウクだ」
「いや、ハサンだろ。それは偽名なんだろ、『ルウク』くん」
ハサンは君だとかあなただとか代名詞で呼ばれるのが嫌いなようだ。ロビンは
少し焦ってゴメンと一言謝った。
「名前ぐらいいいじゃん。じゃあ、連れて行ってもいいんじゃねーの?」
良哉はぶっきらぼうに言う。実は困った人を見捨てられない性格。
お陰で、猫が良哉の家に六匹も居る。
全て「貰って下さい」と書かれて放置されていたものだ。
「そ・・・そうだな、俺たちが力になれるならその方がいいだろう」
圭人も納得していつもの冷静な口調で言う。
「あ、ありがとうございます!禁術についてはクルミ姫様、ロビンさんお願い
しますね」
ハサンの顔には笑みが広まった。顔が綻ぶようだ。まるで荒野に咲いた一輪の
花のような。五人は美しいものを見る気分に囚われた。
本名はハサン.キリクル。そいつを仲間に入れて、六人の旅は続く。


情報収集をしてはみたが、何も見つからない。悲しいが、この時代に時空漂流
など考えるだけが無駄で、からかわれるのが落ちである。
人が考える空想は全て存在し、ありえるものである。
そう、実際に起きているんだから。

「ハサン、このライノールの糞サムエル王に対抗する為に禁術を学ぶなら協力
はする。だけど、禁術は与えられた者以外には使う事は出来ないんだ。すなわ
ち、今ハサン、キミが禁術の公式を全て覚えたとしても不発に終わる。呪文を
最後まで唱える事が出来ないもしくは・・・呪文が己の体を焼ききってしまう」
ロビンは既にハサンに禁術の抗議を始めていた。ロビンの知識は豊富でどれも
奥が深い。魔法をやっている胡桃でさえ、つい聞き込んでしまう。
「じゃあ、何故クルミ姫様は禁術を使う事が出来たんだ?只の姫じゃないか。
魔力が高いとかそういう理由か?」
ハサンの質問はロビンの心中、予想外の事を見事に捕らえた。
ロビンは慌てて目をきょろきょろさせている。
胡桃と麗と良哉は質屋に居て、ココに居るのはロビン、ハサン、そして圭人だ。
「圭人、ハサンに真実を言ってもいい?」
ロビンは圭人に問う。圭人は胡桃の恋人であり、よき理解者でもある。
「いいよ、俺が話そうか?」
「そうした方がいいね。僕は異国での胡桃は知らないからね」
二人が話をしている中、間を割ってハサンが喋りかけてきた。顔をしかめて。
「どーいうことだ?」
まるで今すぐ説明しろといわんばかりの形相だった。どちらにしても圭人は話
すつもりだった。黙っていてもしょうがないし、仲間に隠し事はタブーだ。
「胡桃は、いや・・・俺たち4人は(ロビン以外の)全員この地の人間じゃない」
圭人はさらりとコレを言うが、ハサンはかなり吃驚している。
「何・・・そ、そういえば言われればそんな感じもする。目の色が違うし、髪も、
肌の色も少し違う気がする」
「俺たちは、何ヶ月前だろう・・・時空流離でこの地に来た。何故此処に来れたの
かは何も分からない。書物も、それに関する事実も情報も何もないから。だけ
ど心配して待ってる奴だっているから帰らなきゃいけない。だから、この旅を
してるんだ。で、本題で何故胡桃が禁術を使えるようになったかだ。別に胡桃
は元の世界じゃ普通の女の子で凡人極まりなかったんだけど(魔法が使えない
って言う意味で)、あるものが高かったんだ。“魔力に影響される力”だ。魔力
そのものが高かったわけじゃない。人並み程度だ。だけど、この地で魔法を始
めたんだ。『カズン』って奴は知ってるだろ?有名だからな。あいつの魔力は高
いだろ?毎日教わってそれに影響されて、胡桃の魔力は跳ね上がるように高く
なったんだ・・・ってカズンが言ってた」
圭人の話を聞き入るように真剣に聞いているハサン。ロビンが話しに割って入
った。ロビンもまた説明を付け加える。
「あと、胡桃は前世とも深い関わりを持ってる。胡桃だけじゃない、この四人
が。僕の思う範囲だと、『シェクル』が起きている」
ハサンの表情が変わった。
「そうか。分かった、シェクルによって時空流離したのか。情報が無いのは当
たり前って事か。悲しいけど。俺も探すよ」
シェクルというのは2人の同じ姿のものが別々の異国の地に居る(性格は違え
ど)片方が死すれば、もう片方の同じ姿のものがそちらの世界へ連れて行かれ
る、強制的にその地から移動させられてしまうというものだ。
情報などあるはずがない。シェクルでこちらの来た人は環境に慣れずに死んで
しまうのだから。

圭人は空を見た。この青空はどこまで続いているのだろう。見る限りは地球と、
日本と繋がっていそうなのに。
ここは何処なんだろう。帰れるのだろうか。日ごとに溜まる不安。
ここに住んでいる誰もが、そんな考えには陥るはずも無くて、だけど、それも
何処か寂しい思いがする。


三人は質屋から頂戴して来たものを手に下げて戻ってきた。胡桃は呆然とする
圭人に言う。
「どうしたの?元気ないじゃん」

キミが居たから俺は此処に居る事が出来る。
キミが居るから僕は僕で居られるんだ。

圭人は胡桃の荷物を持ってないほうの手をぎゅっと引っ張って抱きしめた。
「ど、どうしたの急に?」
他の皆様は見ていないフリをした。良哉は相変わらず見慣れているせいか、凝
視していたが。
「何もないよ」

言える筈が無かった。
自分すら分からない気持ちを言葉で表すことなど突然沸いた不安を言葉で表す
など出来るはずも無かった。






17




この街での情報探しは全くの無駄に過ぎなかった。
シェクルという超時空流離現象など誰が理解しようなどと思うだろう。
それを考慮してさっさと次の町に進む事を一行は決定した。
ハサンはいい奴だ。それは日が経つにつれて段々と分かっていったし、段々と
皆と打ち解けていった。


辺りは道一本脇には草原が広がっていて、見渡してもなかなか人は見つかるも
のじゃあないし、家すらちらほら数件見つかればいい、という地域だ。
何時ものように良哉が嫌になって言い出す。
「ね〜〜、今日何処で泊まるのぉ?もう直ぐ日没だぜ?俺野宿嫌だ」
自分の荷物を嫌そうにダルそうに引きずりながら言う。その表情にはダルさが
そのまま表れている。分かりやすい人間だ。
「何で」
ハサンが聞く。何時の間にかこの二人はかなり仲良しになったようだ。
「蚊に刺されるから」
ロビンが結界かなんか張って虫一匹入らないようにすればいいと言ったのを、
良哉は聞かなかった事にした。

「ねえ胡桃〜あたし野宿嫌よ、前野宿した時何があったか覚えてるでしょ?」
麗が本当に嫌そうな顔をして言った。
「覚えてるよ」
目がきょろきょろしている。実は何も考えずに胡桃は言った。
実は野宿の時にあった事などすっかり忘れていた。しかも前何時野宿したかさ
えも覚えていない。とりあえず話をあわせないと麗が怒るから。
「木の上から蜘蛛が顔に・・・あー想像するだけで気分悪い!!」
二人の話を後ろで聞いていた圭人はちょこっと悪そうに思いながら話を遮って
言った。
「つまり家探せってか?」
「当然」
麗は胸を張って言った。

野宿が嫌と言うお二人様の為に、何時間歩いただろう。先程荷物運びの為に、
馬を調達したが人数分も馬を揃えるとお金が底つく寸前まで減ってしまう。
馬はこの世界では高級品に値する。馬の肉など食べれば刑が下されるし、馬に
乗るのは金持ちの貴族や皇族位だとロビンは言う。馬一頭も相当な額で、何故
そんなにお金があるのかと言えば勿論、サムエル王の懐から頂戴したものだ。
そろそろ日没が近づいてきた。奇跡だ。家が、しかも灯りのついた家がある。
「家〜!!!レッツ家!」
良哉が叫んだ。馬鹿丸出しの台詞だった。
その家は何もないここらじゃ珍しいレンガ造りで、(レンガと言っても日干しレ
ンガ)家も結構広い。外には小さな畑みたいなものがあり、花や野菜などを栽
培しているようだ。気付けば家の中から人が出て来た。
女だ。髪がさらっと長く、育ちのよさそうな整った顔。すらっと伸びた足。
まさに歩き方は自分の足が美しいのよと気付き、自慢するような歩き方。
「あら、今日和。旅ですか?この先四時間程歩かないと家一軒とありませんよ。
もしよかったら私の家に泊まったらどうかしら」
一行に気付いて笑いかけてそう言った。良哉と麗は待ってましたとばかりに、
その女の名を聞き丁寧にお礼を言った。すると中からもう一人男が出てきた。
「入ってください。もう直ぐ飯できますから」


家の中もとても豪勢だった。少なくとも今まで止めてもらった家よりも豪華。
――何故こんな街から果てしなく外れたこんな場所にこんな家が?
圭人は考えた。
――何故自分から俺たちに声を掛けたんだろう。
それに、一番気になるのは何故人数分の飯が出来上がっていたんだろう?
俺たちが来るなんて分かってもいなかったのに。
分かっていたんだろうか。

圭人はある種の、言葉では少しいいにくいような胡散臭さを感じていた。
少し神経質なのだろうか。疲れてて変な所まで気が回りすぎなのだろうか。

ご飯が終わると皆はそれぞれ部屋に駆け込んだ。相当な疲労がたまっている事
だろう。それを考慮してくれたのかなんなのかよく分からないが、部屋をわざ
わざ三つも用意してくれた。その夜、圭人は胡桃に胸の内を話していた。
「じゃあ、バス.マリ夫妻が何かあたし達にしでかそうとしてるの?」
胡桃は圭人の真正面のベッドに座って話を聞いていた。
「多分。俺の勘で行くとね。ひょっとしたら追っ手かも」
「ヤバイ・・・ひょっとして私達殺されるって事?怖いし!」
まだ此処は彼の支配下だ。サムエルの国だ。バス・マリ夫妻の家だ。日本で
もなければ自分の家でもない完全な支配下だ。
「まだ分からない。とりあえず今日は寝よう」
そう言って話を切り、おやすみのキスをしてベッドに入った。だけど胡桃と
圭人は眠れない。胸の中は何時何が起こるか考えてしょうがない。何度も目
を見合わせて「寝れないね」と話した。とりあえず手を繋いで、目を閉じた。
そしてそれは現実になる。

二階の一番奥の部屋。多分3人の使っている1階の部屋から一番遠い部屋に、
バス・マリ夫妻は居た。
「マリ、あと1時間30分と23秒だ。準備は?」
「OKよ。いつでも殺しに行けるわ。あとは」
バスとマリは二人顔を見合わせて頷いた。バスは何か尖った刃物で手に持っ
ているペットのような犬を刺し殺し、刃物に付いた血を舌でペろっと舐めた。
「今宵は、いい夜だ」
血が壁に飛び散っていた。






18




嫌な予感は嫌なほど当たっていた。
それに気付いているのは圭人と胡桃だけだ。未だ知らせていない。
――誰かが危ない気がした。虫の知らせかな・・・んかじゃない!!
近くの部屋から叫び声が聞こえる。甲高い女の声。
「麗!麗と良哉の部屋!!」
胡桃はそう叫んで杖を持って部屋の外に飛び出した。圭人も事態が深刻な方へ
進んでいる事を察して剣を持ち胡桃の後を追った。
実際、部屋は二つ隣だが、そこまで行くのがとても長く感じた。
扉を開けると、さっきまではとても親切に振舞ってくれた二人が居た。
「バス・・・マリ・・・お前ら何のつもりだよ」
圭人は分かりきっていた。最初から。何か妖しいって気付いていた。
――俺が言えば良かったんだ。
ここでこの二人を死なせてしまったら、バスケの試合の監督の采配ミスで負け
たようには済まない。
二人の亡骸は一生圭人の背中で苦しそうに叫び続けるだろう。
「お前が俺を殺したんだ」って。そんな二人の姿を想像すると反吐が出る。
考えたくもないことを考えてしまった。
「何もかも分かってるんだろ?ケイト王子。俺たちが何なのか誰なのか。なァ
クルミ姫?」
バスが冷たく二人を見つめて居た。良哉と麗はバスとマリの手によって縛られ
て身動きが取れない状態だ。
「・・・追っ手よね?サムエル王の」
「ご名答。さすがねクルミ姫。こんなに早く駆けつけたのも私たちを元々疑っ
てかかっていたからでしょ?この馬鹿近衛兵と侍女とは格が違うね」
人間じゃない別のもの、もっと身分の低いものを扱うような感じだった。
二人の中で何か吹っ切れたものがあった。心の奥底で。

――これは人間だ。そんなものじゃない。そんな漠然としたものじゃないの。
これは私たちの友達、いや親友違う、此処まで来た今では家族よりも大切な存
在。一緒に死線を乗り越えて、一緒に旅をして、一緒の部屋に寝て、元
の世界でも一緒に演技して、何もかも一緒だった。
絶対、絶対に死なせたくない。
二人を死なせてしまうくらいなら自分が死んだ方がマシだ。
だけどそれでは二人が喜ぶはずがない。全員生きて帰らなくちゃ意味がない。

「じゃあ、正々堂々と戦いなさいよ。私たちと戦って、もし私達が勝ったら二
人を解放して」
バスがニヤッとして言った。
「もし負けたら?」
勝つ自信満々らしい。勝敗は戦ってみないと分からないのに、鷹を括っている
と痛い目を見る。
「好きにすればいい。煮ても焼いても食っても好きにすればいい」
そう言って圭人はバスに向き直って剣を抜いた。
胡桃も相手をマリと定めて杖を取り出した。
麗と良哉は申し訳なさそうな顔をして哀感している。でもその目からは絶対勝
てと言わないばかりの未だ希望を捨てていない目をしていた。


ハサンとロビンは其の頃妖しい物音に気付いて起きた。ロビンは背筋に嫌な予
感がした。
言葉で言い表すのは難しいけれど、なんというか、危ない。信号が。
キケン――――危険、きけん・・・アブナイ
すっと心の中を通り抜けた信号。
それを何が意味するのか、なんとなく分かった。
「ハサン、護衛用の武器持って行くぞ!!多分・・・良哉達がヤバイ!!」
そうして、てきぱきと指示を出して良哉たちの部屋に向かった。
気付かれるといけないので、ドアの隙間からそっと中をのぞいた。
奥で良哉と麗の二人が縛られている。もう手遅れか。
その前にはバスとマリが笑っている。勝ち誇っている。
その更に前、胡桃と圭人が其々の武器をもって、戦おうとしている。
ハサンは自分達はこんな所で隠れていていいのかと思った。コレでは仲間を見
捨てて自分だけが助かろうとしている自己中男にしか見えないのではと思った。
それをロビンに打ち明けるとロビンは、
「いや、ダメだ。ここに居る。あいつらは負ける筈がない。俺達が今から行っ
た所で邪魔なだけ。むしろ俺達だけが死んでしまう。いや、ハサンだけかな?
ああ、ハサンだけだ。死ぬなら。それで俺は考えた。あいつらのダメージを少
しでも減らしてやろうと」
と言った。ロビンもバスとマリ並に自信満々だ。
「でもそんな事出来るのかよ」
ハサンが不安になって言った。でも、ロビンは続けて言う。
「俺だよ?だって世界一頭のいい魔法使いなんだから。それで、禁術を使うよ」
ハサンはドキッとした。
ハサンは禁術の研究をしている。だけど、こんな所でそんな事をするのは絶対
に間違っていると思う。仲間失格だ。一緒に旅をする資格がない。考えただけ
で気分が悪くなる。
「この禁術は寿命を三年使う。それで一時間の効力。あいつらならそれで十分
だよ。その一時間の間に・・」
喋っているロビンを遮ってハサン。
「イイよ言わなくて。俺だってこんな所まで来て研究するつもりなんてサラサ
ラねーから説明いらねーよ」
ロビンは少し嬉しくなった。ロビンもハサンも途中から旅に同行した。元から
居た四人の話に入れないときもたまにあるけれど、みんなそれぞれが個性をも
っていて、それぞれがいい所を持っていて、それでいて優しい。だけど厳しい。
だけど怖い。友だちを傷つけたり悲しませたりすると、怒る。
今の二人にもあの四人と同じ感情が芽生えた。


部屋の中は緊迫していた。何時戦いの火蓋が切られるだろう。
少し時間がたった。早く感じる時間。見詰め合ってても眼光を尖らせても何も
始まらない。圭人が剣を抜いてバスに向かった。と、同時にバスも反応して襲
い掛かってくる。ナイフと剣がカシカシ言っている。ナイフよりも剣が大きい
分、切り込みやすいけれど、ナイフから守りにくい。ナイフは不意をつきやす
いが剣の大きさでは守れない。お互いがお互いに弱点を備えた武器。
一方胡桃とマリのほうでも始まった。マリはどちらかと言うと、圭人みたいな
剣を操るタイプの人で、魔法は少しも使えなかった。だからどちらかと言うと
胡桃有利だ。マリが剣を持って襲い掛かってきた。
「ああああああああああああああああ!!」
叫びが荒々しい。だけど難なく交わす事が出来た。
「何?」
マリは自分の剣が少しも、かすってもいない事にビックリした。
「マリ、あなたの剣は堅くて見せ掛けのようね」
いつもも圭人の剣を見てた。それに、王城ではカズンが、タイトが。
胡桃は悔しがるマリをよそにさらっと言った。





19



場は緊迫していた。
圭人はナイフというある意味何時“飛んでくる”か分からないものに対して、
剣で対抗していた。
「王子ィ、ナイフが怖いんだろ?」
バスは圭人をなめたような口をきいていた。
圭人はその口調にいよいよ腹が立っている。
「当たり前だろ。それは刃物だ」
圭人は怒ったような、怒った口調で言った。
「王子ィの剣の方が刃渡り長いよ〜??」
一瞬だったが隙を見つけた。バスはもう、圭人をからかう事に夢中になって来
ている。
それが甘さだ。それが命取りだ。圭人はその隙を見逃す訳がない。
剣が向かう。空気を切る、そして、剣はバスの腹を切り裂いた。うなる、叫ぶ
声が聞こえる。
「これがお前への一番の至福の喜びだよ」
人殺しに掛けてやる情けなど、圭人は持ち合わせていなかった。


一方、マリは自分の剣が全然胡桃に効いていない事で少し力の差を感じていた
所だった。
「ねえ、いいの貴方、相方死にそうだけど」
胡桃は少しだけ心配した。相方の死に逝く姿を見れば間違いなく辛いに決まっ
ている。だけど、
「悲しむのは後でいい。任務遂行が先だって、いつも決まってんのよ!」
胡桃は少し情けを掛けてしまったのか、掛けたものは違うがさっきのバスのよ
うに隙があった。其の隙を、マリが剣で突っ込んできた。
グサっ。
脇腹にマリの剣が刺さった。

――え?
痛いよ。あたし生き残れるかな?
あれ、でも全然痛くない。むしろ動ける。
コレは“殺し合い”なんだ。
負けたら死。勝たなくちゃいけない。

何故痛くないのか分からないけれど、勝つまでは死んではいけない。
体で当たっていては勝てるわけがない。魔法を使うしかない。
杖を構えて呪文を唱える。つまらないように、すらすらと。
「我不従獄罰死負償・・・我が名はクルミ、標的マリ、其の悪死を持って償え」
呪文が完成すると、マリの顔はみるみる青褪めて血の気がなくなった。
そして、マリの体が破裂、爆発した。地が一瞬飛び散ったが、さらにそれも飛
び散り、破裂し、細かくどんどん分裂され、最後には跡形もなく、塵一つ残ら
なかった。


「オイ、胡桃大丈夫かよ!」
胡桃が戦っている間、圭人に紐を解かれた良哉と麗が駆け寄ってきて、胡桃の
腹に刺さっている剣を抜く。
血が少し噴出した。でも、ホントに少しだけ。驚くほど少し。
かすり傷くらいの血だった。
「それが、全然痛くないんだけど、ロビン?」
ロビンとハサンはこっそり見ていた扉から顔を出した。
「禁術使った。コレだけ言えば何の術か分かるだろ?」
疲れた胡桃はそんな事言う気力もなかったから分からないと言った。実際の所、
本当に分からなかったから見栄を張っただけだが。
「無感法、寿命は一年で1時間の効力だ。効果は身を持って実証済みだろ?」
ロビンは笑った。そして胡桃は
「ありがと・・・」
と言ってその場で倒れた。胡桃の意識は下へ下へ、沈むような感じだ。


気付いたら、そこはさっき自分が死闘を繰り広げていた部屋ではなく、でも、
バスとマリの家の借りた部屋でも無かった。
――ココは何処・・・?
「あ☆やっと起きた!おはよ〜胡桃。調子どお?」
隣に座っていたのは麗だった。
「ずっと居たの?ってか、ココ何処?」
胡桃はもうそんなに気持ち悪くも無かったし、意識もはっきりしている。
部屋は、ベッドがあり、壁には窓二つ。そこから見える光景も昨夜とは違う。
「ずっとじゃないよ。一時間くらい前にココに着いたばかり。ここは、私達の
次の目的地だった所の宿」
「じゃあ、ポークランド?」
麗は頷いた。その直ぐ後、外から凄い足音がした。ドタドタと、かなり急いで
いる。まったく誰かしら旅館でこんなに暴れる奴。胡桃は思った。
すると、バンと扉が開いて圭人、良哉、ロビン、ハサンの男性陣が入ってきた。
(キミ達、廊下は静かに歩いてよ)
「胡桃、大丈夫かよ?!」
圭人が凄い顔をして胡桃に近づいてきた。胡桃がそこに居る事を確かめるよう
にきつく抱き締めた。
「マジで死んだかと思った、あの時」
強く抱きしめて、熱いキスを何度も胡桃にした。
麗はベッドの近くから離れたし、良哉は『麗、俺の胸に飛び込んで来い』ポー
ズをしているし、ロビンは杖の手入れをして見ていないフリ。
ハサンはじーっと見ていたが、ロビンに殴られてタンコブが出来てそれ所では
なかった。
「ごめん」
「もう死ぬような真似するなよな。俺が死んじまう」
「わかった。ごめんね・・・ホントに」
「もういいって」
離れた後、結局二人はからかわれたんだけど、その後さらに『麗、俺の胸に飛
び込んで来い』ポーズをしているのに麗にシカトされた良哉はもっとからかわ
れた。
胡桃にはごめんなさいという気持ちと、心配してくれてありがとうの気持ちと。
嬉しい気持ちが残っていた。

「いってぇ〜〜〜!!ロビンお前何コレ、超でっけぇんだけどタンコブ!!」
外では湖の近く、小鳥の囀り(さえずり)が聴こえる。






20




ポークランドは平和な町だ。ライノールは王が王で、そんな凄く平和とは言え
ないが、ポークランドは人々は皆暖かくて、心優しい町だ。
きっとライノールのなかでも殆ど王の支配が利かない町なのだろう。
略奪者や強盗なんて考えた事もないだろう。窓にはカーテンも付いていないし。
「今日も情報探しか何かするの?」
ベッドから起き上がった胡桃が圭人に聞いた。ずっと寝ていた胡桃の髪は整っ
ていなくて、ボサボサだ。圭人はその髪が気になって、男ながら髪を梳きなが
ら言った。
「ああ、そろそろ親の心配とかもあるしな。でも、無理するなよ」
「うん」
きっと、みんな気付いては居なかった。

――だって、みんなと過ごしているこの世界の環境があまりにも楽しくて。
ここで出会った新しい友達との別れなんて考えても居なくて。
むしろ、この世界が夢なんかではない事などはずっと前に確信していて、戻れ
ない予感もしていたんだから。


六人は宿を出て、街を散策した。ポークランドは、肉が美味しい。特に、ハー
ブ入りソーセージは絶品で、それを食べながら町を歩いた。
王の支配の届かないこの町は、情報屋が発達していた。
情報は時に危険を誘う。
誤報は時に反感を買う。
王の支配下では情報の流通が制限されている。
数件の情報屋全てに寄って探す。
自分の足を使って探すよりは、それを商売としている者に頼る方が楽だからだ。
それに、何処から手をつけていいか分からないものを調べるのに素人では日が
暮れてしまう。
「スイマセン、深い話になるのですが・・・」
情報屋を前にしてこういう話を持ち出すのは圭人の仕事だ。
情報屋も優しい。情報屋に限っての事ではない。この町の人は誰でも。
「話は分かった。その手の情報は一つだけある。だけど、それが信用できる物
かどうかは私にも分からない。ただの噂かも知れないし、それ以上に奥のある
ものかも知れない。それは自分達で行って確かめるしかない。ただ、危険だよ」
情報屋も、自分が行って確かめるほどの危険を犯してまでその情報が本物だと
は確認なんてしようとは思わない。それを見極めるのは自分達。
「行きます」
圭人は考える間も置かずに言った。
聞かなくてもみんなの意見は分かっていた。
今まで幾度となく死線を乗り越えてきた。
現代の日本では絶対に経験する事の無かった事を。
――だから乗り越えられる、どんな事も。きっと。
情報屋は少し顔に笑みを浮かべて言った。
「そういう人は嬉しいね。さて、情報の方だが、金は要らないよ。久し振りだ、
こんな気持ちは」
久し振り、こんな冒険家達に会ったのは。
「この、ポークランドの先の先・・・カリバーという町がある。そこにある噂を聞
いた。カリバーの有名な、町人に聞けば必ず分かる有名な洞窟がある。そ
こに入っていくと“聖水”がある。その水は命の水。その水を飲めば、今の世
界とは別の世界を見る事が出来るとされている。一度は命を失う。時空を、世
界を離れる際に。そう、命の無い空っぽのまま他の世界に送られる。だけど意
識は残っている。行動をとる事は指一本も不可能だけど。そして新しい世界に
着いた時、その水が命となる。噂だよ。誰も確かめた事の無い。そんな水、あ
るかどうかも分からない」
六人はでも笑みを浮かべた。
初めて手に入った。
どんな小さなことでもよかった。
それが足がかりとなって、色々な情報が手に入る。
小さな成果が大きな成果を生み出すから。
「有難うございます」
気付いたら皆この言葉を口に出していた。
さあ、また始まる。
あたらしい冒険が。

「情報は流れたか?」
部屋の中はとてもきらびやかだ。一人の男がどすっと中央の椅子に腰掛ける。
前には一人の男が膝まづいて何かを報告している。
「流れました。連中が引っかかったかは分かりませんが、情報屋の闇ルートで
流しましたから耳に入ることは確かかと」
嫌になるくらい広い部屋。
その男は笑った。高々と。もう連中は我らの手中だと言わんばかりに。
それはサムエル王だった。













   














 





 
 
 
55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット