++Dearest++





これは改訂版です。
なぜなら初版が作品として酷かったので(汗)
回を選ぶとその回に飛びますよぉ〜。
21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
1〜10目次 11〜20目次 31〜39目次
21 空は青。澄み切った青。 だけどその裏に誰かの陰謀があることを知らない。 だから空は青いのかもしれない。 何も無いように、隠しとおす事が出来るように。 そんなことを気づかせないように。 「おぅし、カリバーへ行くぞぉ、起きろ野郎共!!」 朝になるなり寝ている全員を叩き起こすのは良哉。 「うるさいなぁお前!女性に向かって『野郎共』ってどういう神経してんだよ」 人一倍寝起きの悪い麗が怒った。(実は本気で怒るとこの中では一番怖いかもし れないのは彼女だ) とりあえず良哉は彼女である麗に平謝りをした。 圭人はこんな最強彼女は絶対に嫌だなぁと思った。 ロビンはもう既に起きていて、身支度を整えていた。朝の修行も終えている。 ハサンは今も爆睡状態で、良哉が馬乗り状態になってバンバン叩いているが、 一向に起きる気配は無さそうだ。 「おい、胡桃も起きろよ!」 と、布団を捲ると、 「うぅん〜・・・もちょっと寝かせて」 と寝言で言っているのでココを無理に起こしたら圭人がキレそうな予感がした (後ろで何やらじ〜っと見ている視線を感じた)から起こすのをやめて、さっ き捲った布団を掛けなおした。 圭人は何やら難しい本を2冊持っていて、そのうちの1冊を読んでいる。 『ライノールの歴史』という本で、このような本は大抵どの国でも作られる。 「過去に俺達みたいな奴はいなかったんだぁ・・・」 などと独り言をこぼしている。良哉は相変わらずの勉強家だなぁと思った。 「何しろカリバー行かなきゃ何も分からねぇだろーが、早く起きろ!!」 まだ諦めの悪い良哉の大声が宿中に響いていて、宿主が非常に迷惑そうに後で 出る際に良哉に告げたのを聞いて、一同は笑いを堪えた。 「シルバー、お前の一団を連れてカリバーへ行け」 何処かで見た光景。きらびやかな部屋。中央の椅子。嫌になるくらい広い部屋。 「え、でも王、私の組には関け・・・」 「私の命令だ、逆らうな。逆らえばどうなるか分かっているなシルバー」 サムエル王は椅子にどすんと腰掛けて偉そうな態度をとる。 偉いのだけれど。その態度は傲慢極まりない。 「分かりました。と、いうことは、私達の手で殺せという事ですか?」 シルバーと呼ばれる男はサムエル王に尋ねる。 割とゴツイ感じの男で、指にはそれに見合うゴツイ指輪が沢山はめられている。 どこぞのマフィアや暴力団員、中世ヨーロッパ風と言った所だ。 「そうだ。お前達の手で・・・あの憎たらしいクルミ姫と愛しい、そして憎い我が 息子・・・ケイトを殺せ」 王は「愛しい」と言ったが声色はむしろ愛しいを通り越して憎い、憎悪。 愛情などとっくに消え果た言い方だった。 クルミ姫に対してはもともとだが。 「ケイト王子も、ですか」 「そうだ。私を死にかけにしたのだぞ!?分かっているなシルバー、失敗した ら・・・」 サムエル王は赤ワインを片手に持って言う。顔には笑み。 「死だ」 ワインの赤が血のように見えた。 王がワインを口にするといよいよ血を吸う吸血鬼のよう。 なんだかんだ言って、一時間後。やっと全員が無事起きて朝食を済ませ、カリ バーに向けて出発した。 麗と良哉はついさっきまで口も聞かなかったが、何時の間にか仲直りをしてい る。この二人の権力関係はいまいち掴みにくい所がある。 「っていうか、カリバーまであと何キロくらいあるんだよ?」 ハサンが歩くのが嫌になって問う。ハサンは明らかに頭脳派タイプで、戦闘や 運動は得意とする分野ではない。 「まだ一時間しか歩いてないし!多分あと三十キロくらい」 「はぁ?!?!?!」 ハサンは絶望に満ちた顔だった。ハサンは少し歩いただけだが、既に足が痛く て、小さな悲鳴を上げ始めていた。 こんな日差しが強い、そして気温が高く、蒸し暑いこんな気候で1日にではな いけれど三十キロも歩いて町まで行くなんて死ぬ・・・といいたそうな顔だ。 「じゃあやめれば。お前は別に来る必要は元々無いんだしよぉ」 と相変わらず冷たい口調な圭人。こんな蒸し暑い、気温の高いところでも、圭 人の発する言葉は氷のように冷たい。氷点下並みだ。 「ひでぇぇええよ圭人」 ハサンは泣き出した。 「泣き虫」 麗はこの暑さで少し気分を悪くしている。どうやらハサンの泣き声が癪に障っ たようだ。 「ごっごめんなさい!!」 麗が怒り始めたらやはり平謝りするしかない、というのがこの一段のとりあえ ずの暗黙の了解だ。ハサンも謝る。 良哉はかわいそうに思ってハサンを励ましていた。 とにかく一行は蒸し暑い、気温の高い、そして風は少しも吹かない一本道を果 てしなく先、そう、十キロは歩いた。 「でっでも、王、やはり私団一つでは作戦的に難しいのではないでしょうか?」 シルバーは目の前に居る王に問う。シルバーは名前のような銀色の長髪。きり っとした整った眉。長身。すらっとしていて、腰にナイフを2本下げている。 「何。私だってそれは考えておった。だから私は既にあいつらの中にもぐりこ ませてある」 王の笑い顔は見たくないほど憎たらしい肉の塊だ。 見るのを躊躇う(ためらう)ほど不細工だ。 「何をですか」 王は冷笑を浮かべて。 「調査員だ」 22 その日は野宿だった。砂漠のような気候で、昼はとても暑いが夜は寒い。 そんな中での野宿は正直耐えがたかった。お互いがお互い、体をくっつけて、 あたためあうのみしか温度は得られない。 人肌が一番あたたかい。 「何で僕はこんな男とくっつかなくちゃならないんだ・・・ぇ」 ロビンがブツブツ独り言をいっているが、それが無性に面白い。 ハサンはそんなことを言われても無反応だった。 「おぉ・・・寒ぃ・・・なんで野宿なんだよ圭人」 風が肌に当たってとても寒く、良哉は鳥肌が立つ。 「しょうがないじゃねーか。宿ないんだから」 ごもっともだ。二人ずつでっかい寝袋に入る。勿論科学カイロなどがあるわ けも無いので、この方法しか思いつかないのだ。 「胡桃、お前あったかいな」 「圭人の方があったかくない?」 圭人が一緒に寝袋に入っている胡桃と恐ろしく至近距離で額と額をくっつけな がら甘い会話をしているのを良哉はしっかりと聞いていた。 「あいつらは、別に寒くないだろーなぁ。なぁ麗?」 「良哉、あったかいね」 麗はそれに答えて圭人の真似をしてそんな事を言ってみたが、額をくっ付けら れてそんな事を言われると正直照れる・・・そして体温上昇・・・というのが良哉の 状態だった。 「あ、あったかいな。意外に」 しかし、この場に居る全員は間違いなく、ここに宿を作れば売れるのにと思 った。カリバーとポークランドを結ぶのはこの道のみ。 交通の発達していないこの世界ではカリバーからポークランドまで二日はか かる。間違いなく宿が必要だからだ。 一体商人たちはこの道中をどうしているのだろうか不思議なものだ。 そして、何時の間にか眠りに落ちてしまう。 「初めまして、ルウク。いや、ハサンか。私はシルバー。サムエル王付きの 殺し屋集団だ。知っているか?」 「いや、知らない。何も知らない。サムエル王って誰?」 電話のようなものを使い、二人は連絡を初めてとった。 「いや、いい。何も知らなくていい。君はただ・・・・・・状況を知らせてくれれば いい」 「わかった。そうしたら・・・僕を国に帰してくれるのか?」 ハサンの声は不安を帯びた声。知らない人からの電話。国へ。 「ああ。勿論。そう約束しただろう?じゃあ」 そう言って、一方的に電話らしきものは切れた。 シルバーは何か思った。 「王、何故・・・ルウ、いや、ハサンは知らないのですか。知らないと不便で はないでしょうか?」 シルバーは不思議に思った。当たり前の事だ。 スパイとして送り込まれた、ハサンが自分の雇い主を知らない。 そして、自分がスパイをやっているという事を知らない。 何故だ。何故だ。そんな思いがシルバーの頭を駆け巡る。 「前に話さなかったか?サファイアという魔法使いが我が城に居た事を」 「空で覚えてはいます」 サムエル王は、何故私の言ったことを空でしか聞いていないのだと言いたげな 顔だった。少し眉毛が引きつっている。しかし、それに関しては何も言わない。 「その魔法使いは黒魔術で、第一級危険因子にされていた奴で・・・そいつはハサ ンに術をかけた。なんだったか、そう、続忘却術といった術。考えてみろ。ク ルミ姫・・・あの憎たらしい・・・いや、クルミ姫は姫じゃが、サファイアを倒した 禁術使いだ。そして、奴らと接触して仲間になったロビンは世界一の魔法使い じゃ。魔力学上。そして愛しき、憎き、ケイト王子は、髄一の剣士と言ってい い。王子は関係ないのだが、奴らの使う術にかかってはそんなもの直ぐに見破 られてしまう。そこで考えたのがその術じゃ。まず、わしの追っ手である事を 忘れさせた。一度忘れたことはどんな術を持ってももう一度思い出す事は出来 ぬ。まして黒魔術。そして、スパイをして、調査をして、報告する度に、自分 の行動を忘れる続行効果を持たせた。勿論、その時はハサンの体を一時的に支 配して強制的に連絡をさせている。記憶を勝手に取り出して。だから支配術も 組み込んである。だから、知らないのじゃ。知っていたら困るからな。ハサン は自分の知らぬうちに、自分の今では大切な友達を裏切って、知らぬうちに私 の追っ手になっているのだ」 サムエル王は、自信満々に言った。 シルバーはそんな事を平然と言う王は王としてどうかと思ったが、そんな事を 王に正直に言えるわけもないので心の中にしまった。 その自信の裏、おでこには沢山のおびただしい数の皺(しわ)がたたまれてい る。 疲労ゆえか。何ゆえかはわからないが。 「だぁあ!!夜はなんであんなに寒いのに・・・こんな熱いのぉ?」 麗が言った。やはり今日も少し暑さに怒り気味である。 「麗、最近ストレスためすぎじゃない?ちょっと待ってて。僕今から涼しくし てあげるから」 と、これ以上みていられなかったロビンは杖を出して、何か唱えた。 すると、麗の表情は和らぎ、その周りは気温が下がっている。 「涼しいじゃん!!やるねぇロビン」 「でも、なんで昨日気付かないんだよ!しかも麗だけに・・・」 良哉もこの暑さでいらだっている。なのにロビンはまるで圭人のように冷やや かに言った。 「いや、忘れてた」 麗だけにその術を施すことには言及しない。 麗を怒らせないことはとりあえず最優先事項だからだ。 ここからカリバーまであと六キロの距離だ。 23 カリバーまでのあと六キロの道のりは比較的楽だった。 砂漠じみた環境が少しずつ変化して、そこらでは水池も見られる。 「はぁ、久しぶりに自然を見た気がするよ、神様、僕は」 水を見て良哉は言った。 良哉の名演技が始まったが全員何も聞いていない。むしろ見向きもしない。 「久しぶりの名演技を見ろよ」 その後、ロビンとハサンは無理矢理見させられていたが、他の三人は今までず っと部活で見ていたので今更見せられたところで何も思わない。 でも、これで気が紛れたのは確かだ。 道はまだまだ続く。遠くへ。 街が見えた。何日ぶりの街。 「カリバーだぁっ!」 胡桃は嬉しそうに笑って言った。 しかし、一人だけ、嬉しそうじゃない人が居る。 ハサンだ。 「どうしたハサン」 圭人が気にかけて言うと 「いや、大丈夫、頭が痛いだけだから」 と交わした。自分でもそう自覚しているらしい。 「無理するなよ」 まさかそれが術の予兆だとも知らずに。 カリバーの街はポークランドと比べてもと少し似ている感じがする。 雰囲気が。 でも、ここでこれから何が起きようとしているのかは誰も知る由もない。 街中には水があふれている。中心地には大きな噴水のようなものがあり、水が 噴出している。只、噴水と違うのは、水道管を引っ張ってきて人工的に噴かす のではなく、それが自然に起こっているということだ。 水の都、という言葉が凄く似合う綺麗な町だ。 噴水はは街に住む人たちの待ち合わせに利用されたり、憩いの場となっている ようだ。 新しい町に着くと一行はいつも道理にすぐ、宿を確保した。しかし。 「おい、良哉。これはヤバイぞ!旅の資金が底をつき掛けている・・・持ってあと 何日だ?」 圭人が通称金袋(金を入れる袋・・・とそのままが由来らしい)を覗き込んで、冷 静に言う。 それをさらに覗き込んで、 「四日かそれ位だろ」 とロビンが言う。すると、良哉は、 「もっと王の野郎からパチってこればよかったんじゃん!俺ら働くのかよ!! ロビン、金を増やす魔法とかねぇのかよ!!」 そう問われると、ロビンは少し馬鹿にしたような目で良哉を見て、 「そんな魔法、あったら誰も苦労して働かないって」 と、口だけで笑って言った。 正直、ロビンはお金を集めることの大変さを知っている。森の中で、3人で、 どうやって生活を切り盛りして。お金がなかったら電気も何もつながらない。 何をしようにも出来ない。 そんな生活をずっと今までしてきたからだった。 「そうだな。このままじゃ俺たち働かなきゃならねーな」 圭人が嫌そうに言葉を放った。 夜。この宿のご飯はいつも、今までの宿に比べて美味しかった。なのに。 「ハサン、食欲がないのか?」 ロビンは目の前に美味しい料理が沢山並べられているのにもかかわらず、一考 に手をつける気配の無いハサンが気になってしょうがなかった。 「この肉うめぇぞ!!」 良哉が食欲をそそるような一言を放つと、少しずつ食べ始めた。 ハサンの顔は、青ざめている。その顔のイメージを下げてしまう。 正直、かなり勿体無い。 「何か・・・あったのか?」 圭人は鋭い質問をした。・・・が。 「何も。いやぁ、さっきちょっと下痢してさぁ!!!」 「ハサン、今ね、ご飯中だから」 麗がボソッと言う。 はははと、笑って交わすハサン。しかし、良哉やロビンが気づいていないにし ろ、圭人は何かあったと踏んでいる。 その目が語っている。 何時も冷静で、物事を客観的に見ることが出来る。判断力もいい。 何より洞察力、観察力などいろいろな能力に優れている。 圭人の目が部屋中・・・壁、テーブル、椅子から全てを見る。 何かある。何かがある。 結局ハサンは米を茶碗に半分と肉を少々。あとはスープを1杯飲んだだけと、 信じられないくらい小食だった。 蝙蝠。蝙蝠があたりを飛び回る。 昼の間彼らは何処に隠れているのだろうなんてしょうもない事を考える。 ハサンに何か影響を与えているものは・・・何なんだろうと圭人は考える。 24 「そう、こう考えるとクリスさんを殺したのは貴方という事になります。ねぇ、 ディファートさん?」 まるで、小説に出て来る探偵、あの現代・・・では有名なシャーロックホーム ズのような格好をして推理する圭人。   「なんで俺だって事が言えるんですか、探偵気取りさん」 少しガラの悪い格好をした目つきの悪い男は良哉。 「そうよ、何でディファートなのよ!誰にでも出来る犯行じゃない!」 探偵に対抗してディファートを守ろうとしているのは麗。 「そうだよ、シャリーの言う通りだ」 ディファートは勝ち誇った、自信に満ちた目をした。辺りには、100人近く の見物者が居る。 「いいえ、違うわ」 と、出て来たのは胡桃。圭人の仲間らしい。 「このテーブルに座っていて、なおかつクリスさんに毒を漏れるのはこの席に 座って居たあなただけなのよ。それに・・・でてるのよ。あなたのその所持物 から」 「何だよ」 「ルミノール反応が」 「うわぁぁぁあ!」 ディファートが大声をあげた。見物人達は急な大声でビックリした。 しかし、見るものを魅了する演技。 「あ・・・あんたが・・・なんでクリスを殺したの?」 シャリーはディファートに恐々しながらも聞いた。シャリーの足は震えている。 ディファートはうつむいて何かを言おうとしているがショックで声が出ず、パ クパクしている。探偵気取りの男と女は真剣な面持ちで見つめている。見物人 は、動機が気になってしょうがないという顔だ。 「シャリーに、脅されてたんだよ。俺が女ひっかえしてた事をネタに。で、今 日になって・・・こいつ急に態度変えて『私なんてどう』とか言って。頭に来 て・・・それだけなんだ。只、それだけ・・・」 辺りにはしんとした雰囲気が漂っている。見物人も劇に見入っている。 「ところで・・・お前達は誰だ・・・?」 その2人の探偵気取りな男と女は一緒に言う。 「只の、探偵ですよ」 観客からいっせいに拍手を浴びた。演劇部で培った演技が役に立つ時が来たら しい。見物人からは「面白かったよ!」「またやれよ!」などという声と共に 沢山のお金が投げられた。いいものを見たときは、この世界ではこういう風に お金を投げる風習があるようだ。 今日四人が演じたのは「謎探偵X」という、ずっと前、四人が二年生の時に、 演劇部の部室から発見されたとても古い台本。それをこっそり拝借して練習し ていたのだ。 四人の「移動演劇場」は予想以上に好評だった。劇や、舞台、芸能というのは、 身分の高い者がする事ではない。 化粧、きらびやかな格好の割には寂しい給料。苦界だ。 それでも、四人という少数精鋭で一日何公演かして、好評ならば、かなりのお 金が投げられるし、旅の資金には十分足りる。 何しろ働くよりも全然苦にならない。 「おい!!見ろよ、この金の量!十二万スヌーはあるぞ!」 裏で仕事をしていたロビンとハサンが出てきて見渡した。 「おぉ〜すっげぇ!やるなぁ」 「やってぃ!働かなくていいじゃん♪」 ハサンは自分も持ったことの無いようなお金の量にビックリしていた。 そして嬉しくて跳ね回っていた。しかし、そう明るく言ったハサンだが、急に 何かがあったようにふらつき始めた。 顔が一気に真っ青になって肌には鳥肌がたっている。 頭の中がぐるぐる回って、視界が狭くなってぼやけて。 意識が下へ下へ落ちていった。 「ハサン!!」 ハサンはその場に倒れこんだ。 ハサンに何があったのかは分からない。 急に倒れたから。 つい、つい数十秒前まで元気でいたのに打って変わって。 信じるにも信じがたいが事実である。 ハサンを宿に運んで、宿主にハサンの看病をお願いした。 金なら余分に払うから、と言ったのだが、宿主が非常に親切な方で、「サービス だから」と言って、無料で看病をしてもらうことになった。 本当ならば、みんなでついてやれればいいと思ったのだが、旅を続けるのなら、 どうしても金が足りなくなる。あと、今の倍、二十四万スヌーあれば馬が買える。 稼げるのなら、それくらい一日で稼いでしまってできるだけ足止めは食らいた くない。 金持ちの見物人相手の公演をあと二本やらなくてはならないのだ。 ハサンのおかれている状況などは知らずに。 『そう。あと数時間後、ハサンがお前の元に向かう。新しい黒魔術師をやとっ たんじゃ。サファイアの第一弟子でな。同じ系統だ』 何か通信機器ごしのサムエル王の声。 いつものように王の声には自信が満ちている。 「そうですか。どこに向かうんですか。私の今居るボラ洞まで来るのですか?」 会話の相手をしているのはシルバーだ。周りには数人の幹部が居る。 誰もかもが肌身離さず凶器を持っており、笑みがなんだか怖い。 『ああ、ボラ洞まで行く。その頃にはもう、あいつ・・・クルミ姫や、我愛しき息 子、ケイト、そしてクソ侍女や護衛の知らない男になっている筈だ』 「また、術を掛けたのですか?」 シルバーの周りの護衛は王と話しているのだと勘付いて笑うのをやめた。 『ご名答。術で体を犯されたハサンはよほどのことじゃ自分の意識を取り戻す 事が出来なくなる。黒魔術の禁術じゃ。人の命を3人分も使った。しくじるん じゃないぞ。絶対、これから聞くあいつらの弱点をおさえて殺すんだ。塵一つ 残らぬようにな』 通信機器での会話はココで途切れた。 シルバーと幹部、そして団員達は、まわりより空気のこもって少しあたたかい ボラ洞の中で、歓迎の準備をし始めた。 ハサンの歓迎の準備を。 「すっげぇよ、マジで。一日三本公演して四十六スヌー!並みの額じゃねぇぞ! カリバーは高級住宅街かよ」 良哉がホントに驚いたように言う。金袋はパンパンで、もう直ぐ弾けそうな位 のお金が入っている。 「早くハサンに見せなきゃね♪」 そう胡桃が言うと、皆は思い出したようにハサンの話をし出した。 「そういやぁアイツどうしたんだ?何かおかしいぞ」 ロビンが隣に居たから変貌振りは良く分かる。月が太陽に変わるくらいの変貌。 「おじさん看病ありがとうございます!」 圭人が礼儀正しくお礼をして宿に入ると、違和感を覚えた。 なんとなく。 階段を上がって、滝の部屋の前に立った。何か違和感を感じる。 なんだろう。 ドアをあける。何かが足りなかった。 そう、ハサンの姿だった。 25 ハサンが居なかった。 「ハサンはどこ行った?親父お前知らねぇか?」 良哉が頭の片隅に青筋を浮かべながら聞く。 「し、知らないよ・・・仕事があるんだし。30分事ぐらいにには見に来たけど、 ついさっき見た時には未だ居たよ」 宿主は良哉の勢いに少し驚いている。 「冷静になれよ良哉」 圭人が良哉の胸倉をつかんで言った。 「未だ三十分も経っていないんだ。あの体を考えると未だそんなに遠くへは行 けない筈だろ!だったら俺たちは何をすればいいんだ?」 怒鳴り口調ながらも良哉に今しなければならないことを導かせる言葉だった。 良哉には怒っていない。 きっとハサンを一人にさせた自分たちに怒っているのだろう。 良哉は圭人の勢いに少々押されたが 「探しに行くぞ」 と、圭人の腕を引っ張って階段を下りて行った。 「なんか臭うね、ロビン」 胡桃が何かを感じ取ったらしくロビンにそう言った。 「え?何も臭わないじゃん」 「臭うな。ハサンは何かの術に掛けられている可能性が高い」 麗は驚いて口をぽかんと開けている。 部屋の中には自分たちの荷物が置いてあるが、ハサンの荷物は無い。 連れ去られた訳ではないようだ。 「他人の意思を操作するような魔法は普通の流派には無い。だとしたら考えら れるのは・・・何だと思う胡桃?」 胡桃の脳裏に嫌な光が走った。 できればそうなってほしくなかった。 「く・・・黒魔術ね」 「ってことは、その術を掛けたのは・・・」 麗も薄っすら気づいたようだ。 部屋の中は嫌な雰囲気がさらに濃くなって、微妙な色を醸し出している。 「ああ。サムエル王の側近の誰かだろうなぁ」 サムエル王。ここまでして私たちを殺したいのか――― そう思うと2人は背筋がぞくっとした。 「俺はサムエル王に会ってないからどんな奴かは知らない。だけど・・・黒魔 術はタブーだ」 「サファイアが戻ったの?」 「その可能性は低いって、前カズンが言ってた。あの術にかかったら多分半永 久的にもとの世界には戻れないって」 部屋の中では端っこにいる宿主を放っておいて話が進んでいった。 「ハサン!!おいハサン!居たら返事しろよ!!」 圭人も良哉も額を汗で濡らしている。 息は背中でするほど走ったようだ。 「ハサン!!」 もう何だかんだ言って三十分以上探した。 「圭人。諦めるぞ。これだけ探して出てこないって事はハサンは何かに絡んで るんだよ。もっと、冷静になれよ」 今度は良哉に圭人が言われる番だった。 良哉は圭人が冷静さを失うところを見るのは、辛いと思った。 その頃、ハサンは既にボラ洞に着いていた。 見つかるわけが無い。 本当に近くにボラ洞があって、四十分探していたら、その間に着いてしまう位 の距離だからだ。 ハサンは一人で歩いていた。 さっき倒れたときのような感じじゃなくて意識もしっかりしている。 自分が今何をしているかも知っている。 但し中身が違う。 ボラ洞はあったかくて、入り口の前にはシルバーの団の下っ端が軽微にあたっ ているから、シルバー達にとって不審な人間は立ち入ることができない。 (もっとも、多くの人から見ればシルバー達の方が不審なのだが) 入り口に辿り着くと何も知らない下っ端は不思議がって帰そうか殺そうか迷っ たが、中からシルバーが直々にお目見えして、ハサンをボラ洞の奥へ連れ立っ た。 「やあ、ルウ・・・じゃなかったハサン。会うのは初めてだと思うが、俺がシルバ ーだ。これからヨロシクしてもらうよ」 ハサンは妙な感覚に捉われた。 頭の中に二つの自分が居る。 何をやっているんだ!と、危惧する自分と、この人に協力しなくては!と言う 自分。 二つの自分が衝突した。 ハサンは頭痛で倒れそうになる程の痛みを感じた。 でも倒れなかった。 頭痛は直ぐに治まった。 どちらかの自分がもう一方の自分に勝ったのだ。 「ああ、よろしく。で、俺は何をすればいい」 勝ったのは、 「まずは、俺には関係なんてないんだけど死んでくれなくちゃいけない御一行 の弱点を教えて」 後者に挙げたほうのハサンだった。 「わかった」 宿にて。 「おい、やっぱりハサン居ねぇぞ!!」 息を荒立てて帰って来た二人。 ロビンはその二人に言った。 「おい、よく聞いてほしい事があるんだ」 「何?」 ロビンは落ち着き払って、精一杯声を喉から吐き出した。 「ハサンは・・・今サムエル王の使いの刺客に居るかも知れない」 26 「ど、どういう事だよ」 良哉が息を荒立てて問う。 現実。それが現実。 逃れたと思ったサムエル王の手にまたしてもかかってしまったという事実。 ロビンは胡桃に目をやった。 目で訴える。本人同士ではそこでテレパシーが働いている。 言いたいことは思えばいい。 言いにくいことは、思えばいい。二人の間なら。 胡桃は息を吸って言う。 「じゃあ、とりあえず論理的に説明するね」 これは圭人の為だ。 圭人という男は一回おおまかに話をしただけで判断を下すような男じゃない。 詳しく話を聞き、自分が理解した上で動く冷静沈着な男だ。 そしてロビンは言うのが辛くなったのだろう。 自分がハサンの一番近くに居たのに・・・、と。 胡桃はそのロビンの気持ちを汲んでいる。 「まず、ハサンの症状。頭痛やめまい、倒れそうになるのは魔法学的に考える と魔法にかかっているの。それも、定期発動長期持続形のものなの。わかる? そして、ハサンは自分でどこかへ行った。でも、こんな頭が割れそうなのに、 自分からベッドを出て、外出する人が居る?そう、ハサンは精神を操られてい たの。そして精神を操る魔法は正規の禁術にも載っていない。そう、あれは黒 魔術。この国であたし達に恨みがあって、黒魔術に通じているといえば・・・」 良哉の表情は青い。 「あいつしか居ねぇよ、サムエル王か・・・サファイア!!」 良哉とハサンは仲が結構良かった。だからショックが大きいのだ。 「サムエル王は正解。でも、サファイアは間違ってる」 胡桃は落ち着いて言う。良哉は目に涙を浮かべている。 ハサンは大好きな友達だから。麗は一生懸命宥めている。 「何で?」 「あたしがサファイアに使った禁術、時空漂流術。霧の如く辺りを真っ白にし、 晴れた後には跡形も無く、まるでワープでもしたかのように思う人が消えてし まうと、カズンが言ってた。消えた場所を一つの穴とする。その穴はこの世界 上に数個、一定の距離間隔をおいて突如現れるの。だからサファイアが例え、 何も無い無の世界から抜け出したとしてここに戻ってくるのは難しいの。」 ロビンや胡桃と違って、圭人と良哉は魔法学に疎く、さらに良哉に至っては、 理解力に乏しいのでなかなか分かってもらえないかもしれない。 でも。 「じゃあ、つまりサムエル王をぶっ飛ばせばいいんだな」 仲間を信じたい一心で。 「サムエル王が仕組んだ罠だったんだな」 ハサンは同じ時間を共有した仲間で。 「あの突然の出会いも仕組まれたものだったんだな」 操られていない部分のハサンも知っている。 だから。 「ハサンは・・・自分の意思でじゃなくて、つまり・・・」 信じてくれる。 「そう。だから・・・だから早くハサンを助けに行こう?」 焦る気持ち。 離れていく仲間。 でもそれが自分の意思なら誰も止めはしない。 だけど、だけど。 時間を共有してしまった。 操られていないハサンを知っている。 ハサンは、仲間だから。 「ぶっ飛ばすぞ」 良哉は涙を流すのを止めた。 「その意気」 圭人は泣くのを堪えて、笑った。不敵な笑み。 「あたしも戦うから」 麗も泣く。 胡桃とロビンは目にやはり涙を浮かべて笑を交わす。 また一つになれる。なれた。 サムエルを倒すために、いや、ハサンを連れ戻すために。 「でももう暗い。明日にしよう。多分ハサンが何かされるとは考えにくいし」 もう空の色が変わりそうだ。 ボラ洞にて。 「ハサン、ではそのロビンとかいう男は?」 誘導尋問のようなものをシルバーから受けているハサンがいた。 「魔法使い」 シルバーはため息をついた。 「じゃなくてさぁ、もっと詳しく言わないと・・・ぶっ殺すぞお前」 「ロビンはー、胡桃と仲良しでぇ、魔法に関してはこの世界でトップクラスの 知識を持ってる。判断力も優れてて曲者だよ」 シルバーの側近達はそれをしっかりメモしている。 少しでも戦闘に役立たせようとしている。 「じゃあ、その五人の弱点はわかるか?」 これが本題だった。 「当たり前だろーが。分かるに決まってんだろ」 ハサンの態度が変わった。シルバーはピンときた。 サムエル王がボラ洞に送ると言っていた黒魔術使いの術のせいだ。 これはシルバーにとって厄介なものだ。 情報を聞き出すなら、意識があまり無いほうが取り出しやすいに決まっている。 自我があると、それが邪魔する。 「で、それは何なんだよ」 「知らねぇ」 「知ってるだろ。言わねぇと刺すぞ」 「わぁったわぁった。それは――――――――」 それを遮って複数人の下っ端が叫んだ。 『頭ぁ!!!!!サムエル王からの黒魔術師いらっしゃいました!!』 外見は聞いたとおりのサファイアだ。紫色のベールといい・・・。 「お前、名は?」 「ルイ」 27 一晩が凄く、凄く長かった。 珍しく今晩は五人で一緒に寝た。 それはまるで、誰かが突然消えないことを確かめるかのように。 もしくは自分達を安心させるために。 早朝、ガサガサと音がした。 なんだろう?と目覚めてみればロビンが何かを探していた。 「お前何探してるんだ?朝っぱらから」 良哉が眠そうにロビンに問い掛ける。 「水晶玉。あれぇ?何処に行ったっけ・・・」 ロビンも眠そうだ。全然眠れなかったらしく、目の下にくまが出来ている。  「何時から探してるの、あんた」 麗も眠そうだ。お前起こさせるような真似するんじゃねぇよとでも言いたげだ。 「五時」 はぁ〜。と圭人はため息をついてロビンに言う。 「お前さー、貴重品は宿のマスターに預けてあるんじゃねぇの?」 ロビンは 「あぁ?!そうだった!!」 と、今更のように気づいて部屋を飛び出していった。 「ロビン・・・気づけよ」 ボラ洞に夜も朝も関係なかった。 もともと暗いのだから。 「じゃあ、作戦はこれでいいな!決行は・・・御一行がここにいらっしゃった時だ。 迎え撃て」 「おぉぉ!!!!!!」 シルバーの言葉に下っ端やらなんやらが活気立つ。 「お前もだぞ、分かってるなハサン」 「てめぇに言われなくたってわぁってるよ」 「ちゃんと殺らねぇとお前が串刺しになるからな。餌になるぞ」 シルバーは昨日ボラ洞に到着した魔法使い、ルイの方をちらりと見た。 しかし、ルイはその視線には気づかない。 外見はまだ若々しい少女だ。 さらさらの長い髪、美しい顔立ち。 だけど、容姿と名前だけで判断したのが間違いだった。 「る・・・ルイちゃん?」 シルバーは恐る恐る声をかけた。 「ああ?“ちゃん”?俺は男だよ!」 シルバーはちょっとだけ悲しくなった。 こんな一見純粋そうな女の子が実は男なんて世の中どうなっているんだと言い たかったが、うっかり口を滑らせたら殺されるかもしれないので言わなかった。 「あー悪ぃ。で、ルイはサファイアの何?」 率直な質問だった。 聞いた話とそっくりな顔立ちに、紫のベール。 まるで生まれ変わりのよう。 ルイはたるそうな表情でぼそりと言う。 「息子」 シルバーの私団が活気付いている頃、五人はまだ宿に居た。 ロビンは水晶玉を机の上において何か唱えている。 「おい、胡桃・・・ロビンが何やってるかわかるか?」 良哉がひそひそ話をする時の声のボリュームで胡桃に聞いた。 「えっとぉ、水晶とかそういうマニアックな事は分からないけど・・・多分呪文の 構成からしてハサンが今どこに居るのかを見てるんじゃない?」 胡桃は丁寧に良哉に教えている。 それを聞いていた圭人と麗が突っ込んできた。 「胡桃、お前十分マニアックだわ」 ロビンは長い長い呪文を唱えている。 水晶玉にはまだ何も写らない。 その呪文を唱え終わったとき、ロビンは水晶玉に黒い布を被せた。 それから少したって、その布を外した。 そこには沢山の人が映し出されていた。 「誰、こいつら」 麗がボソリと言った。 でも五人共知らない顔ばかりだ。 その中にハサンが居て、そして紫のベール。 「これ、サファイアじゃねぇ?」 良哉がそいつを指差して言う。 「どうだ、胡桃」 圭人は胡桃に聞いた。 胡桃は王城脱出の際に唯一、サファイアと接近戦をした。 四人の中では一番サファイアの特徴を覚えているからだ。 「似てる・・・生き写しみたい。だけど、サファイアじゃない。サファイアは・・・ こんな若くない」 「じゃあ、サムエルが送り込んだ新たな」 「そう、黒魔術使いって事ね」 その時、胡桃にロビンからのテレパシーが伝わった。 「ロビン、もう少し水晶玉の見える範囲を広くして」 胡桃の言うとおりにロビンは水晶玉の見える範囲を広くした。 「これは・・・洞窟?だよね」 胡桃は圭人に尋ねる。 「ああ。多分。この暗さといい、壁面といい、周りにある蝙蝠の糞といい」 今はまだ朝だというのに、この暗さは普通ではありえない。 ぼこぼことした壁面にちらばった小さな糞。 「よし、テメぇら武器持て!行くぞ」 しかし、まだどの洞窟か特定できていない。 それが問題だったが、すぐに解決できた。 「マスター!!カリバーにある洞窟でさぁ・・・」 良哉が全部言葉を言う前にマスターは答えた。 「ああ、ボラ洞じゃないか?有名所はそこしかない。あとは中が崩れそうな所 ばかりだから。すぐ近くだ、急いでいけよ」 「ありがとマスター!」 五人は走った。そこにはハサンが居る。そこには・・・。 圭人の頭の中をポークランドで会った情報屋の言葉が一瞬駆け巡った。 『カリバーの有名な、町人に聞けば必ず分かる有名な洞窟がある。そこに入っ ていくと“聖水”がある。』 圭人は苦笑いをした。 28 圭人は苦笑いをした。 圭人の頭の中を嫌な考えが横切ったからだ。 まさか。まさかね。 だけど―――― 「これも全て、仕組まれたって事か」 ここへ呼び寄せるために。 情報も、ハサンも全て。 サムエル王によって仕組まれたものだった。 そうに違いないと圭人は思う。 求めていた情報、求めている物がある場所に、都合よくサムエル王の刺客が居 る。仕組まれたと考えない以外、何を考えていいのか分からない。 五人は走った。息が切れる。 だけど、ハサンが今どのような状況にあるのかは、はっきりと分からない。 それに、歩いていたら、ゆっくり向かったら・・・。 きっと自分達が壊れてしまう。 仲間がそんな状況なのに。 「おい、ボラ洞はどれだよ?!」 良哉が困惑して言った。冷静な判断が出来ていない。 やっと目の前に洞が見えた。しかしその洞は三つある。 「バーカ、落ち着けよ。そんなの真ん中だよ!下っ端が警備してるだろ」 圭人は良哉を突っ返すように言った。それが良哉の落ち着きを取り戻させた。 まだ朝。眠っている人も多いというのに、この胸の高鳴り。 眠さなんて無い。 「入るぞ」 そのロビンの掛け声で、五人はボラ洞へ入った。 洞窟の中は外とは違う空気が漂っていた。 湿度、気温の面だけでなく、空気自体が違った。 頭上には、朝や昼にはなかなか見れない蝙蝠が止まっている。 五人はその中を見渡しながら歩いている。 警備が厳重だったのは、外の出入り口付近のみで、そこの下っ端を倒したら、 奥のほうへ進むまで人一人居ない。 「なんか、気味悪くない?」 麗が頭上や周りを見渡して言う。 確かに気味が悪い。 光も、ロビンと胡桃が持つ杖の先からしか放出されないし、頭上には蝙蝠。 それに、足元がでこぼこしていて足場も不十分だ。 「ほら、前見ろよ。お前らしくねぇな、麗。ハサンが居るだろーが」 良哉が麗に声を掛けた。 良哉もさっき圭人に声を掛けられた。だから麗に声を掛ける。 怖さなんていらない。 この先で邪魔になるものは全て捨ててしまえばいい。 「来る・・・」 ルイが微かな気配を肌で感じた。 普通なら感じることは出来無い。もちろん魔法は使っていない。 ルイは、天才だからだ。 シルバーは、ルイに視線を送っていた。 まだルイを完全に信頼しては居ない目だ。 すると、向こうの方、光が微かに射す方向から、だんだん大きくなる音が聞こ えてきた。足音だ。 「おい!!!テメェら!!!ハサン出せよ!!」 良哉は、シルバーとルイの姿、そしてシルバーの側近の姿が見えると、勇まし く叫んだ。 ルイは不敵な笑みを浮かべてシルバーに言う。 「また、態度の悪い客・・・。客なら客らしく・・・」 ルイがブツブツと独り言を言うのを、シルバーは気味悪そうに見ている。 「ハサンはもう直ぐここに来る」 シルバーは手元にあった六本の蝋燭に火を灯した。 ボラ洞の一番奥のこの場所は、今まで歩いてきた洞窟の雰囲気とは少し、いや 、大分違う様子だ。 洞の一番奥のこの場所は、今までの道より、広く、階段で言うならば踊り場と いった所だ。少し広さがあって、よく見ると、地面に大きな穴が空いている。 巨大なボールを埋め込んだように綺麗な側面だ。まるで人工的にそれが作られ たように。 上から、洞の天井から水が滴り落ちて、その穴に落ちる。 ぽつぽつぽつぽつと、一定間隔を置いて。 穴の中にはその水が溜まって、周りの物を水面に綺麗に映し出している。 それに紫のベールを被って、表情があまりよく見えないルイが映し出される。 「自己紹介はないのか?」 圭人はシルバーに向かって言った。 圭人は冷静に、いつものように、いつもらしく振舞っている。 「悪かったな。俺はシルバー。サムエル王にお前らを殺せと言われた」 シルバーはその通りを言った。それは四人も分かっている事だ。 だけど、妙な感情が胸を躍らせた。麗はシルバーをキッと睨んだ。 「だけど、お前らを直接殺すのは僕だよ」 ルイは一歩前に進み出て、自らの存在を主張するかのように言う。紫のベール を少しだけ上にあげて見える表情は男とは思えない。まだ、あどけない少女の それだ。 「あなた・・・サファイアの何?」 胡桃はルイに向かって問う。サファイアと関係を持っているなんて事は、顔を 見れば、同じ空気を吸えば直ぐに分かる。 吐き気を催しそうな黒い気があるから。 「息子。ちょっと目障りなんだよね、招かれた客なのに態度でかくて」 圭人の目つきが変わった。 もう、戦いは避けられないのだ。 29 避けられない戦い。 ハサンを取り戻す戦い。 だけど、その場所で五人は何か、何か足りないものを感じていた。 「それで、ハサンは何処に居るの?」 そうだ。ハサンが、そのハサンがここには居ない。 久しぶりの戦いの雰囲気に、五人は身を震わせた。 ぞくぞくするような武者震いの類ではない。戦いたくないのだ。 「ハサンをここに呼んでもいいのか?」 シルバーは口の端に不気味な微笑を浮かべて言う。 「何で、そんな事を聞くの?」 胡桃は不思議に思う。 ―――だって、普通に考えてよ。あたし達はハサンを取り返したいんだよ。  「もう・・・お前達の知っているハサンじゃないぞ?」 シルバーがそんな事を言っている間に、ルイは勝手にハサンを連れて来た。 本当ならこんなにも早くこの場所に来るはずではなかったのに、黒魔術で強制 的に呼び出した。 本当にそこにいるのはハサンだった。 でも、目つきが違った。それに、周りを取り巻く空気も違った。 ハサンの金髪は、不気味に輝いていて、緑色の目ときりっとした眉、それにゆ ったりとした服。全てが全てをハサンが悪人であると修飾するような雰囲気を 醸し出している。 「お前ら・・・」 今の一瞬、ハサンはハサンに戻った。顔をぽかんとして。 『ハサン!!』 五人は同時に叫んだ。だけど、またハサンは悪人の顔に戻ってしまった。 「お前ら、俺に殺されに来たのか?」 心の芯にぐさっと来た。 これが・・・ハサンなのか。と、五人は思った。 とりあえず、落ち着こうと、圭人は顔を思い切り叩いた。 これは圭人法の落ち着き方だ。 だけど、四人はまだあ然としている。そんな四人に、圭人は思い切りの力でそ れぞれ頬を叩いた。 「痛っ!」 四人は我に返った。目の前にはシルバーと、ルイと、ハサン。 今まで仲間だったハサンは、敵。 仕組まれた戦い。 ハサンと戦うように仕向けられた戦い。 サムエル王との戦い。この世界を平和にする戦い。 いや、そんなものじゃない。 サムエル王が居なくなれば、この世界は平和になる訳ではない。 サムエル王が消えればいずれ、また別の独裁者が現れる。 そう、この戦いは、自分たちの戦いだ。 サムエル王という足枷を振り切って、元の世界へ帰る為の。 三対五のように見えるが、シルバーの周りに護衛が一人ついた。これで四対五。 「俺は、シルバーを取る。ルイは胡桃、ハサンを・・・良哉。ロビンは護衛。 で、護衛を倒したら、胡桃のヘルプに入れ」 圭人はそう指示した。 しかし、その中に、仲間でありながら名前のない人が居る。 「ねぇ、あたしには戦わせてくれないの?」 麗は悲しそうに言う。自分だけが戦えない屈辱、いや、悔しさだ。 皆は戦うのに自分だけ楽して外で見ている。 蚊帳の外というか、傍観者というか。 そんな麗を見て、圭人が説明しようと思ったが、それを遮って良哉が麗に話し 掛ける。 「麗、お前には悪いが聞いてくれ。お前が戦いたい気持ちも分かる。だけど、 今、お前が戦いに出たら犬死するだけだ。ひどい事言うけど、俺達の“弱点” なんだ。だから真っ先に狙われる。誰も麗が死ぬ事なんて望んでない。だから、 ここで見てろ」 良哉はいつになく麗にひどい事を言った。ようにも見える。だけど、それは愛 情の裏返しで、麗に話し終わった後の良哉の表情は辛そうだった。 圭人は良哉が成長したと確信した。戦いの場においてそれは凄く大切な事だか らだ。 シルバーは煙草を高く投げた。 地面に落ちた。 戦いの、開始の合図だ。 ◇ロビンと護衛の戦い◇ ロビンと護衛は奥の少し広い、間の空いた場所ではなく、狭い、そこに至るま での通路で戦っている。 「護衛、お前はなんと言う名前だ?」 ロビンはシルバーの護衛に尋ねる。この戦いの場所に出てくるという事は、シ ルバーの一番の護衛か、もしくは一番強いか・・・だ。 「オークスという。お前は?」 「ロビン・ヴィルヘルム」 オークスは腰に銃を下げている。これがオークスの武器のようだ。これはロビ ンに取って好都合だった。 圭人がオークスをロビンに当てたのは、銃を持っていたからだ。圭人や良哉が 相手をしたら、それこそ一秒でカタがついてしまう。 ロビンは、魔法使いだからだ。 ロビンは早速、術を唱え始めた。オークスはロビンに向かって銃を構えた。 この銃は、日本でいう安土桃山時代あたりに使われた銃のようなものだ。 発射までに時間が掛かる。その間に、ロビンはオークスの銃に向かって、魔法 を掛けた。それから、ロビンは自分にも危険が及ぶ可能性があるので、結界を 張った。 それから、オークスの銃から玉が発射される瞬間、銃が凄い大きな音と、火薬 臭を出して爆発した。オークスはその爆風に飛ばされて十五メートル程飛び、 気絶した。 ロビンは額の汗を手でぬぐい、 「さすが圭人、ナイス判断」 そう呟いて、胡桃の元へ向かった。 30 ◇良哉とハサンの戦い◇ 良哉は本当は戦いたくなかった。 というよりは、相手がハサンだから、という理由で戦いたくないのだ。 「なぁ、お前ホントにハサンか?」 良哉は人を殺したくないという良心・・・というよりは情だ。 友情に縛られていた。良哉の武器は斬刃刀だ。 その斬刃刀は、固めの銀色の金属で出来た棒の先に刃がついているものだ。 見ると、重量系の武器だと分かる。刃の先が尖っている所から、殺傷能力があ ると思われるが、それよりも、その大きさゆえ、殴りつけてもかなりの痛手・・・ というよりは一撃で終わってしまう場合がある。 これは王城に居たときにタイト隊長からもらったものだ。 『良哉、お前は剣のセンスも魔法も最悪だ』 と、言われて授かった物だ。身体能力は圭人に引けを取らないが、どうも剣の 扱いには慣れなかった。ましてや、かなりの知識を必要とする魔法など使える 分けも無かった。この斬刃刀を戦い、実践で使おうとするのは初めての事だ。 「ああ、ハサンだ。お前達の知らない・・・な。だからぶっ殺しに来てもいい し、俺も殺してやるから」 そう言って、ハサンはポケットから短剣を三本取り出した。 良哉はそれを見て不思議に思った。 ――魔法を使わないのか ハサンは学者だ。それが建前なのか何なのか、今となっては良哉には何も分か らないが、魔法に通じていた。 特に禁術の事はいつも知りたがっていた。 その事に気づくと、良哉の頭の中に一つの考えが浮かんだ。 ――それはサムエル王に仕向けられた事か? ハサンはそのナイフのうちの一本を思い切り手のひらに突き刺した。 良哉は目が飛び出そうになった。 自傷行為だ。だけど、良哉は目を背けなかった。これも一つの戦いだ。 ――禁術を、胡桃とロビンを抑えておけば、俺達は魔法を使えない。 だから、殺すために? 良哉は歯を食いしばった。ここは日本じゃない。 常識らしい常識なんて何も通用しない世界。 罪なんて無い。 だから、殺らなきゃ殺られる。 ハサンと戦う決心を決めた良哉だが、また自分の目を疑った。 ハサンのナイフが刺さっている、その右手から不思議な赤い結晶が氷柱の様に 飛び出している。 それは傷から出ている。 「それは?」 ハサンは不敵な笑みを浮かべて言う。冷笑にも見える。 「俺の血を固めたもの。この世の何よりも綺麗だろう?」 「どうやってそんなモン」 ハサンは次は笑い出した。良哉は斬刃刀を硬く握り締めた。 「俺は一応建前じゃなくて、本物の学者だぞ。でも、『黒魔術』のな。血を固 めて刃物のようにする術があるんだよ、まぁなんでこうなるとかは分からない けどな。俺自身が刃物だよ」 ハサンは自慢するように言った。良哉はこの雰囲気に伸されていた。 今まで自分が戦いの場に借り出された事など無い。戦いはいつも圭人と胡桃の 専門。気が滅入ってきた。 「馬鹿もいい加減にしろ。その技は血液中の凝固成分を急速に働かせるからだ。 あまりその技を使いすぎると体のバランスを崩して死ぬぞ」 横からそう割り込んできたのはロビンだ。 ロビンは胡桃のヘルプに行く途中の、良哉達の戦いに少し顔を出した。 それも、妙な雰囲気・・・良哉が雰囲気に伸されていたからだ。 「お前、ホントに一人で大丈夫?」 ロビンは口の端で笑って聞いた。ロビンの表情は負けを疑っては居ない。 「ったりめぇだろ」 ロビンは胡桃の方へ駆けて行った。 良哉はハサンに向き直った。ハサンは良哉をじっと見つめる。 「正直、それキモいんだよね。手が途中から赤くてさぁ。あと、俺、お前の事 好きだったよ。覚えとけよ。死んだ時はこの言葉持って墓に入れ」 良哉はそう笑って言うと、斬刃刀に力を込めて思い切り振り上げた。 良哉の心境は極めて複雑。 出来ればこんな刀も振るいたくない。 だけど。 ――俺は、生きたい。俺は、みんなと一緒に生きたい そんな思いが、刀へ込めた力をいっそう強くした。 「あぁぁぁ!!」 判断の遅れたハサンの足に、思い切り力を込めた良哉の懇親の一撃が入った。 ハサンは逃げられない。良哉は足に乗った斬刃刀をそのままにして問う。 「なぁ、ハサン。俺、お前に聞きたい事がある」
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