+++The Nights Over.+++






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不変なものは無い、なんていうのはこの世の常。 仲の良い友達が急によそよそしくなったり。 昨日まで元気に生きていたインコが朝には横たわっていたり。 平和な世の中は一瞬にして戦争が始まったり。 ここにも変化は訪れる、たった、たった少しの時間、限られた空間の中で。 「なぁ〜あゆみ!今日さぁ、夜、学校で肝試ししない〜?」 2年3組の教室前の廊下、教室に入ろうとすると小笠原あゆみの腕を杉之内健 がつかまえた。教室の時計を廊下から除くと八時二十分。 まだホームルームが始まるまでには時間がある。 あゆみは少し驚いた顔をしたが、健が突拍子も無い事を言い出すのには慣れて いるのですぐに平常心を取り戻した。 「は?2人で?」 「2人とか盛り上がらないじゃん?遥の奴も来るって」 「えっ?!遥くんが来るなら私も行っていい??」 あゆみの後ろから歩いて来た高山恵が話の内容を聞いたらしく、自ら参加を申 し出て来た。 「おぉ〜高山か。いいよ、人多い方が面白いから」 健が嬉しそうに笑うと、恵も笑みを返し、ありがとうと言って笑顔で教室に入 った。 入るとすぐにあゆみは健の腕を掴んで引っ張り小声で言った。 「なんであの高山恵と肝試しするのよぉ〜!!どう接すればいいのよぉ」 それを聞くと健は笑ってあゆみの頭を軽く叩いて教室へ入った。 「あゆみ、肝試し来てくれるんだ?」 あゆみははっとして口を押さえた。 どうやら参加しなければならなくなってしまったらしい。 溜め息を一つ二つ漏らして、6時限分の教科書類の入った重い鞄を負いながら ゆっくりと教室の自分の席へ向かった。 あゆみの席の前には、あの高山恵お目当ての杉本遥がいる。 というよりはそこの席だ。 「ねぇ、遥くん…健の奴本気なの?肝試し」 遥は少し笑いながら、教室の窓際でギャラリーを集めてモノマネを披露してい る健を見ながら言う。笑い声が聞こえてくる。どうやらウケているらしい。 「あいつ単純にバカだからさぁ〜。今日朝練で妙な話聞いたんだよ」 「妙な話?」 「ホラ、古典の西野いるじゃん?あいつが夜に学校を徘徊してるらしいんだよ」 「それだけ?当直とかじゃないの?」 「それが妙で、頻度がハンパないし、あいつが校舎を徘徊する度に何か無くな るらしいんだ」 「何か?」 あゆみの頭の中には最近なくなった物、正確にはいなくなった者が浮かんだ。 今この学校ではオンタイムな失くし者。 「例えばこの前失踪したセンパイ2人、西野に捕まってるとか」 遥はいかにも面白そうにわかりやすく話した。遥も心から肝試しと言う名で真 相を確かめたいと言う事が感じられる。声からはすごい好奇心が感じられる。 「まさかだよね…」 「多分。風の噂的なモノだと思うけど、話のネタになるじゃん?」 遥は性格を除けば顔も整っていて、勉強も出来て、サッカー部のキャプテンと 完璧。今もあゆみが遥の笑顔に軽く悩殺されそうになった。 「まあね。でも、遥くん…健がバカだからあの高山恵も来る事になったよ」 「はぁ?!まじかよ、あの女?!勘弁してくれよ健〜。俺アイツまじ嫌いなん だけど…っていうかアイツ知ってるはずじゃん!」 そう、遥の唯一の欠点といえばこの性格だ。パーフェクトマンは誰にでも笑顔 で優しく振る舞うという暗黙の定義があるが、それだけは満たせないゆえ完璧 ではない。遥は好みがはっきりしているタイプなのだ。あとは意外と子供っぽ いという事だ。好奇心旺盛なのはポーカーフェイスでは隠しきれないらしい。 「ホント、まさにバカって言葉は健のためにあるような言葉だな」 席に着いてあゆみと遥が溜め息を連発していると、恐ろしい程笑顔で健が走っ てきた。遥もあゆみも何かこれはあると思った。本当に恐ろしい笑顔だ。 「元川も来てくれるって〜!!」 それを聞いた瞬間、あゆみは阿鼻叫喚した。というのは、元川ゆかはクラスで も一匹狼なクールな人で、今まで口すら聞いた事がなかった。風貌も黒髪で目 の周りを黒のアイシャドーとラインで真っ黒にして怖く近づきにくい雰囲気を 醸し出している。これだ。 「健のバカ〜」 「同感。っていうかどうやって元川なんか誘えたんだよ?」 遥が整った顔で精一杯怒りを表現したが、窓から吹いて来る朝の風と健の態度 がさらりと受け流してしまった。遥の男にしては少し長い髪もなびいた。 健の金髪はワックスでガチガチに固めてあるので強風でもびくともしない。 「なんかみんなを勧誘してたらあいつも来たいって言い出して…」 「ふ〜ん。そんな事もあるんだね」 「っていうか健!お前アイツ…」 遥が明らかに苦情を言おうとすると、担任が教室に入ってきたので話は途切れ てしまった。健はまた馬鹿にしたように笑って逃げた。遥は舌打ちした。 「残念な話からします。本校でまた失踪者が出ました。今度は一年生です。詳 しいことはよく分からないけど、お前らも勝手に消えるようなことがないよう に…」 遥があゆみに目配せした。また失踪者が出た。 明らかにこの学校がおかしくなっている。秩序が無くなってきている。 少しずつ生徒も不安になってきている。しかし不安を増長させたくはないので 誰も口に出そうとはしない。 毎日に不安を垣間見せながら楽しい振りをして誰もやりすごしたくはない。 「先生〜!!俺も今日から失踪するかもしれません!!」 と笑いながら健は言った。シリアスな話から一転、先生もあきれたように笑う。 「お前、杉之内は数日くらい失踪したほうがクラスのためだなぁ〜」 と先生が言ったのがあまりにも的を得ていたのでおかしくて笑いが起きた。 少し真剣に考えてしまったあゆみと遥もそれには笑ってしまった。 健とあゆみは曰く付きの仲だ。 高1の頃2人は同じクラスで席替えが毎月あったのだが、クラスの人数が42 人居るにも関わらず8ヵ月連続で隣りの席になり、また同じクラスになり、今 では公認の仲になっている。 しかし二人が恋人同士だとかいう事実はまったくない。 よく言えば異性の親友、きわどく言えば友達以上恋人未満といった所だ。 昼ごはんはいつも一緒に食べる程の仲だ。 遥とは、健が高1の時(今もだが)出席番号が前後な関係だ。 それであゆみと遥も次第に仲良くなった極めて単純な繋がりだ。 恵は高1の頃からの遥のファンで、影でファンクラブを作っている。 少し男に目移りが激しい。遥に執拗に付きまとうので、遥は毛嫌いしていた。 ゆかは不思議で、誰とも深く関わらず一定の距離を保って生活している。 そんな極めて微妙なメンバーで肝試しをするのがあゆみと遥は嫌でしょうがな かった。 「遥く〜ん。千佳を誘ったのに断られたぁ〜!!親友なのに〜。ひどくない?!」 あゆみは、せめてしぶしぶ行く肝試しを少しでも楽しくしようと友達を片っ端 から当たったが、全滅だった。 「まぁ、女の子はそういうの嫌がるからねぇ。まぁ、あゆみちゃんを除けば」 遥は笑いながら、明らかにからかっていると分かる口調で話す。 「違う!!これは事故なんだって〜。最初行くつもりなかったのに…健にハメ られた。っていうか私の頼みは遥くんだけだからその節は頼んだよっ!!」 あゆみはそう言い残すと、親友の千佳の元へ文句を言いに走って行った。 「頼まれた…?」 遥は少し笑みを浮かべてあゆみを見送って、予習途中の数学の教科書を開いた。 ノートには解きかけの問題があり、それは完璧に正解へ繋がる。 「なぁ〜遥ってあゆみの事好き?」 突然背後から現れ、いきなりこんな質問をするのは健しかいない。 いつもの事ながら健は本当に突然変なところから現れる。言うならば健と暗い 場所さえあれば、キモ試しは出来る。お化け役にぴったりだ。 少し驚いたが、いつもの事なのですぐに落ち着きを取り戻して答える。 「好きだけど?」 遥は健がどんな反応をするのかと思ったが、極めて普通だった。 「俺も。今や相棒だし。ちょっと無理やり誘ったからさ、今日は絶対俺か遥が 隣りに付いててやろう?あいつ絶対夜の学校とか苦手なタイプだから」 健が健らしくない事を言ったのに遥は驚いたが、よく考えたら自分の考えが健 と同じベクトルをさしているのに気付いてまた驚いた。 きっと健の好きは異性の女としてではなく、いわゆるきわどい言い方で言えば 友達以上恋人未満な異性の親友としての好きだった。遥がそんな事を考えてい るとは知らず、健は笑った。 それがこいつのいい所であって、憎めない所だということを遥は知っていた。 「ああ、分かった。でも俺はなぁ、健。お前が勝手に連れてきた高山とか元川 とは、特に高山とは死んでも隣に付いててやらねぇぞ。いくらお前の頼みでも」 遥は釘を刺すように少し冷たく言った。健は不敵に笑んで答えた。 「分かってるよ。お前が高山の事嫌いなのも、元川と関わり無いのも」 一応分かっていてくれた事を知って、遥は一瞬だけ安心した気持ちになれた。 昼休み、いつものようにあゆみ、親友の千佳、健、遥の四人で昼ごはんを食べ 終わり、集会があるというので四人は体育館へ向かった。 健がふざけて昼ご飯で遊んでいたので、その始末に時間をとられてしまい、体 育館へ入ったのは集会が始まる寸前で一番最後だった。 「お前バカじゃねぇの。多分小学生でも今どきパン投げて遊ばないだろ?」 遥が呆れたように言う。最終的にパンの残骸を始末したのは遥と千佳だった。 「大体・・・あゆみちゃんも参戦するなんて・・・。お前らバカップルというよりは、 馬鹿カップルとしか言いようがない」 健には呆れたが、あゆみには呆れきれない遥を横目に、健とあゆみはふざけて キャピキャピしていた。 「しょ〜がねぇじゃん、俺たちわんぱく坊やなんだからさぁ」 頬を膨らませて、人差し指でそれを指す、かわいい子ぶりっ子をする健を見て、 千佳は腹のつぼにはいったのか、大爆笑した。しながら体育館へ入ろうとする と、恐ろしいほど静かで、笑い声が響いた。 それに気づいて笑いは消えた。 「何?」 四人が見渡すと、辺りは閑散とした雰囲気が漂っていた。 と、いうのも生徒の数が減ったように見受けられるからだ。一クラス40人の 列が心なしか短いように見える。 「なんか・・・人減ったよね」 「やっぱり失踪事件か」 「でも、また減ったことない?」 千佳は無意識的に健の制服を掴んで震えた。それを遥は見てみぬ振りをした。 遥があゆみを見ると、真剣な目をしていたが怯えては居なかった。 「千佳、お前大丈夫?震えてるじゃん」 健はそれに気づいて千佳の顔色を伺う。 「うん・・・ちょっとね。多分大丈夫」 千佳は無理に笑って答えたが遥はそれが作り物だとすぐに分かった。 「千佳ちゃんは肝試し、絶対来ない方がいいね。断って正解かも」 「千佳、無理しずに保健室行ってもいいよ?」 「大丈夫だって」 でも明らかに人が少なくて、いつもなら狭いとさえ感じる体育館時の隊列でも 隙間を感じるようだった。 四人はクラスの列の最後尾について集会に参加することにした。 今学校で起きている事を避けるかのような、部活動の表彰など明るい話題ばか りで逆に皆神経がイカレそうになっている。 現実に起きている事に目をそらしていると、この事件の終幕は訪れない。 「・・・・では、生徒指導の話。西野先生お願いします」 壇上に上がるのは、今の失踪事件の話題の中心、西野先生。三人はじっと西野 先生を見つめた。穴が開くほど。 「失踪事件・・・」 ぼそっと西野先生が言うと、全校生徒が総毛立つように反応した。それは例外 なく誰もが。 「気をつけてください。下校時になるべく集団で帰るとか、一人にならないよ うにしてくださいね」 そう言う西野先生の顔には心配だとか言う類の表情は何もなかった。 ただ渡された原稿を読むように注意を告げた。 「あいつ・・・マジかもよ?」 健が遥を突付いてそう言う。それもまじめな顔で。 「さあね。確かめなきゃ分かんねぇだろ」 決戦は、今夜。 それが真実ならば、きっと出来る事は何もない。 「おい、遥ぁ。今日なぁ、六時半に門集合な」 健は張り切っている。これは人が居なくなっている深刻な事件だ。 万に一つ、犯人が西野先生だったとしても、健の話し振りは単に肝試しや遠足 が楽しみな小学生の口調だ。遥はため息をついた。 「おい、あゆみ。今日なぁ・・・」 健はあゆみにも同じ事を伝えに行ったが、あゆみもあきれたように言った。 「六時半、門集合な。でしょ?声大きすぎ。聞こえてたよ」 しかも遥とあゆみは一緒に話をしていて傍に居た。わざわざ二回も言わなくて も確実に聞こえていたはずだ。そこが健の抜けた所。 「俺、超完全装備で行くから。お菓子とか持ってくし」 「遠足かよ、健」 「シリアスな雰囲気じゃん、校内が今。だけど俺ちょっと楽しみなのよね」 「お姉言葉使わないで。キモいって」 「ごめん」 健には緊張感がない。だから遥が一緒に居ると丁度いい。と、担任はおろか誰 もがそう言うし、思う。まして健と遥を足して二で割ったような人間が居れば 最高だとも言う。 健は誰よりも余分に明るくて、テンションが高くて、興味が沸きやすく、ノリ やすいタイプ。文化祭や体育祭は100%に近い確率でクラスを引っ張る系の 役割を任せられ、完璧にクラスを楽しませるエンターテイナー。校内の新聞部 主催の全校ランキングの好感度部門では校内一位をキープしている。しかし、 あまりに冷静さが欠けるので周りが手を焼く。大切な書類を間違いなく、数箇 所はミスして提出してしまうタイプだ。 一方遥は、頭脳明晰、冷静沈着。テストは常に学年でも上位五位までには名前 があり、先生からもそれに関しては一目おかれている。サッカー部のキャプテ ンで、容姿も整っているから女子の人気もある。遥も新聞部のカッコいい人ラ ンキングで一位をキープしている。意外と好奇心旺盛で新しい事が好きだ。し かし、人の好き嫌いが激しく、性格に若干の問題があるが、親しい人に当る事 は絶対にない。 二人はお互い一緒に居るのは全く両極端に違うタイプの人間だから、磁石のよ うに引き寄せられるのかもしれない。 「なぁ。お前、高山も今日来るんだよな?」 健はいよいよ問題の人達にも声をかけ始めた。最初は高山恵からだった。 恵は笑顔を浮かべて頷いた。遥と一緒に肝試しが出来ることが心から嬉しいら しい。遥はあゆみと話をしながら、遠くからそれを眺めて心から嫌そうな顔を していた。ついには机にうつ伏せて「泣きたい・・・」と嘆いている。 「で、今日六時半に門に集合な」 「最終的にメンバーってどうなったのぉ?」 恵は隣に一緒に居る友達にどんな話題かを気づかせるかのように話を広げよう としている。一種の自慢を自らの手ではなく、健にさせている。 「俺と、遥、あゆみ、でお前と・・・あいつ。元川」 隣に居た友達は『俺』でも『あゆみ』でもなく『遥』の名前に間違いなく反応 している。驚いた表情で恵に問いただして、それに対して恵は自慢げに話す。 しかし、恵は最後の人物の名にも反応した。 「元川さんも来るの?私あの人苦手・・・」 恵はそう呟いた。しかし、それをちょっと遠くで聞いていた遥がさらにそれに 反応して嫌そうに放った。 「お前よりは元川の方がマシだよ俺は」 そんな遥を慰めるようにうつ伏せる遥の頭をあゆみが撫でる。どこか所帯染み たカップルのような雰囲気がそこにはあった。 「っていうか、私、あのあゆみさんもあまり好きじゃないなぁ」 恵がそう呟いた。恵の視界にその二人の雰囲気が入っていた。やたらと遥と仲 良さそうに見えるあゆみの事を恵が気に入らないのは当然かもしれない。 しかし、その恵の呟きもしっかり健に聞こえていた。 「じゃあ、お前来るのやめれば?俺達お前が来なくても肝試しやるけど、あゆ みが来なかったらやらねぇから」 どれだけ人付き合いが上手く、なつっこい健でもそれだけは譲れなかった。 正直健もこういう雰囲気を崩すタイプの人が参加するのはどうかと思ったが、 やはり健も断りにくいし、人が多ければいいと思って承諾したのに。 こういうことを言われるとテンションが下がる。 「ごめんなさい」 恵は少し調子に乗りすぎたと思って謝ったが、それを聞かずに健は元川ゆかに 詳細を伝えに言った。ゆかはいつものように、自分の机でウォークマンで音楽 を、おそらく爆音で聞いていて話掛けても気づかないので、健は思いっきり目 の前に顔を接近させてアピールしていた。 それを周りで見ていたクラスメートが大爆笑している。ゆかもそれに気づくと かなり驚いていた。健の顔にはまた笑顔が戻った。 「今日六時半に門集合な。元川も来るんだろ?」 「ああ。なんか、面白そうだし?」 元川ゆかは話し方もちょっと男っぽくて、女子からは怖がられている。 男子は逆に男と話しているみたいで気軽な人と、あんなのは女じゃないと拒否 するタイプと二つある。 ちなみに健が前者で、遥が後者。 「ああ。メンバーなんだけど、お前別に誰が来ても構わないよな?」 「あー。俺は基本的には別に誰でもいい」 ゆかは自分の事を俺と呼ぶ。それも男かぶれしている。ハスキーな声もそれを 形容するかのようだ。 「分かった。じゃあ待ってるから」 健は笑顔で遥とあゆみの元へ戻っていった。 今は午後三時四十分。帰りのSHRが終わって、これから部活や帰宅時間。 日はまだ傾かない。ただ、少し曇り掛かった空がいかにもだった。 肝試しまで、あと二時間五十分―― もう太陽が沈んできた。校舎を照らす光の筋がだんだんと少なくなっていく。 時刻は六時二十九分。一番最初に到着したのは、あゆみ。 「ちょっとぉー・・・もう六時半なのになんで誰も居ないの?」 失踪事件の犯人が居るかもしれない学校の前。薄暗くなってきた空。 これから行われるのは究極の肝試し。あゆみは一人でいて、いろいろな事を考 えていると少しだけ怖くなった。 門の前に一人で座って、ケータイを触っていると、あゆみの方に向かって走る 足音が聞こえた。やたらと大きなビニール袋を持っている来る人は間違いなく 健だとあゆみは思った。あゆみは少しだけすぐに健が来てくれて安堵した。 「おぉ、あゆみ。もう来てたの?」 「来てたのじゃない・・・。ちょっと怖いじゃん、一人で居るの!」 あゆみは健の制服を少し掴んでそう言うと、健は持っていた袋の中からお菓子 の袋を取り出した。コンビニの袋の中には大量のお菓子が入っている。 明らかに健は遠足気分で来ていた。 「・・・ん?」 その中から取り出したものをあゆみの口の中に入れた。あゆみの口の中でグレ ープの味が広がった。 「あめ?」 「うん。まぁ落ち着けって。俺らこれからお前のこと絶対一人にしないから安 心してろって」 そう言って、健があゆみを抱きしめて安心をさせた。いつもはふざけているが、 いざという時には頼りになるという事をあゆみは知っていた。 そうしていると、また違う足音が遠くから聞こえてきた。遥が遠くから、何か 袋を手に持って歩いてきた。おそらくコンビニの袋の中身は・・・お菓子だろう。 「おい、健。あゆみちゃんから離れて?」 「嫌」 「嫌じゃねぇよ。みんな来るだろ?」 「分かったよ」 健は嫌そうにあゆみから離れると遥を見て笑った。 健は遥にそういう状態を見られた事を何とも思っていないようだ。同時に遥も そういう状態を見ても特にそれ以上の言及はしなかった。 校門の前に、大きなコンビニの袋を持った健と、遥と、あゆみと三人になった。 「お前も遠足みたいになってんじゃねぇかよ」 健がお菓子を持ってきた遥を見て言う。 「あ、ホントだ。遥くん人の事言えないじゃん」 あゆみも。 「そうですね・・・ごめんなさい、健」 とりあえず謝る遥。 時間は六時三八分だった。 「ごめん、おそくなっちゃって」 走って門の前に現れたのは、学校で少し健と問題を起こしていた恵だ。 「お前最終的に来たの?」 人懐っこい健がすこしよそよそしく、そっけなく聞いた。おそらくまだ恵の言 葉を忘れていない。 「来るわよ。だって・・・ね?」 恵はあゆみと話している遥に視線を思いっきり送ったが、それを遥は気付いて いて思いっきりシカトした。 恵は頬を膨らまして佐藤珠緒風に怒ったが、遥は視線を向けもしなかった。 かわいそうになってきたので健はとりあえず話してやることにした。 「俺の方が似てるよ絶対」 「やって?」 「嫌。」 「何で〜?」 「だって、俺かわいすぎてどうしようもないんだ」 恵はその一言に大爆笑した。これは健お決まりの必殺の一言だ。 恵が笑いながら健と話していて、気付くとそこにはすでにゆかが居た。 「おおー、元川。お前いつから来た?」 健が恵と話すときよりはずっと声色明るく尋ねると、 「さっき。お前らが仲良さそうに話してたから邪魔しちゃ悪いと思って俺は今 まであゆみさんと杉本の所で話してたよ」 「気付かなくてごめんね〜」 恵は少しカワイイ声で、それでも恐る恐るゆかに話しかけたが、 「別にいいよ」 とそっけない返事しか返ってこなかったのでまた嫌そうな顔をした。 空がもう暗かった。グラウンドには照明が灯り始めた。 時刻は六時四七分。 「じゃあ、全員揃ったし、行くか」 健がそう言うと、暗い校舎へ向かって歩き始めた。 門から見える範囲では、電気のついている教室は一つもない。 暗い、暗い校舎へ向かって、五人は歩き始めた。 もう、後戻りは出来ない――― 待ちあわせた門を乗り越えて、校内に五人は入った。 それは二メートル程の高さで、健と遥が女性陣に手を貸しながら乗り越えた。 とは言っても男並みに運動神経抜群な元川はひょうひょうと乗り越えてしまっ た。一歩校内に入ると人気の無さと噂も手伝って、不気味な雰囲気が漂う。 「マジで誰もいねぇ・・・今日そういえば早く帰宅させられたんだっけ?」 健はもうそれが昔の事のように遥に聞く。 「ああ」 そう返事だけした。遥は表面緊迫した表情を見せているが、今は買って来た飴 (桃味)が意外に美味しくて夢中だ。 その笑顔を隣にいる彼女に向ける。 「あゆみちゃんも食う?旨いよ」 遥はあゆみにも飴を進めて部分的遠足気分だ。 「じゃあ貰う〜」 あゆみはちょっと引きつった笑顔をした。この飴も気を紛らわせるために遥が わざと用意したものだ。それに気づいてあゆみは無理に笑った。 その心遣いも健とあゆみに遠足気分とバカにされてしまったが。 「遥くん私も欲しい〜」 しかしそう言った恵の言葉を思いっきりシカトした。 するとそれを見ていた健に脇腹に裏健を入れられ、小声で 「オイ、少しくらい喋ってやれよ」 と喝を入れられ、渋々顔を引きつらせながら恵にも飴を渡した。 五人は暗くなった見慣れた校内を歩き、昇降口まで来た。 「オイ杉之内、鍵掛かってる」 元川が扉を開けようとガンガンやって、健に言うと、健は元川にウインクして 言った。元川は眉をひそめた。 「大丈夫、俺これ開けれるから」 「は?どういう事、健。あんた空き巣とか狙う系の人だったの?」 あゆみが健の背中をバンバン叩いて言ったのを見て元川が笑った。 「あゆみさん、それはねーよさすがに」 「あゆみィ〜、俺んち鍵屋だって知ってるだろ」 「あ、そーだっけ?」 あゆみはそう言って少し笑った。 「あゆみちゃんがナイスな小ボケっぷりを披露してくれた所申し訳ないんだけ ど、健!お前早く扉開けろよ」 「うるせーな、ホラ。開いたぞ。よかったなウチの学校にまだセコム入ってな くて」 健はカバンから鍵道具を幾つか取り出して扉を開けると疲れたように言った。 「来月に入るんだっけ?今入られたらヤバイよな〜」 元川は扉を蹴るようにして勢いよく開けると、壁に当たってガンと大きな音が した。その音が辺りに響く。 「オイ元川〜静かにやれよ。俺たち忍び込んでるんだぞ?」 「悪いな」 遥が元川に注意を促すと素直に謝った。 「なぁ、あゆみちゃん。俺思ったんだけどさ」 遥は校舎内に入るとあゆみを呼んだ。 「俺さ元川は平気かも」 遥は笑いながらあゆみの制服のシャツを掴んで言った。 「あたしも」 そう言ってくすりと顔を見合わせて笑った。 見慣れた校舎に土足で上がり込んで、職員室の方に向かって歩いて行っても灯 がない。廊下の電気も付いていない。 夜の学校。 「職員も全員居ないの?」 恵は暗い校舎内を見渡して言った。灯の点っていない職員室。 外から見たところ専門教科の先生の教室にも電気は付いていなかった。 「ああ。多分誰も居ない。噂もデマだな多分」 健はそれに笑って答えた。勿論噂が本当でない事に越した事はない。 「いや、多分誰か居るぞ。電気は消えてるけどここの窓は開いてる。多分当直 が帰った後に誰か開けたんだろ。この時期ちょっと蒸し暑いし。多分俺らが来 るまでこの辺に居たんじゃねぇ?」 遥は職員室前の中庭に面した開いた窓を見て言った。 「遥くんすごいね〜」 恵は感心したように言った。恵のアピールは例え何度遥にシカトされても続く。 「杉本、お前探偵みたいだな」 元川が黒いアイシャドーが目立つ目で意外そうに遥を見て言った。 「俺ポアロのファンだから」 「遥、ポアロって何?ピエロと違うのか?」 健がポカンと口を開いて聞いた。金髪で少しいかつい健がそんなことをすると 健の性格が垣間見える。しかもポアロをピエロとまで言った健は抜けすぎだと 遥は思った。 「エルキュール・ポアロ、灰色の脳を持つおじ様名探偵・・・よね?」 「ああ」 遥は恵の説明にいやそうに答えた。恵はそれでも嬉しそうに笑った。 「やだ!もしかして遥くん家のあの200冊位ある本棚の本全部推理小説?」 あゆみが驚いた様子で尋ねる。 「ま、まあね」 「遥、お前実はオタクだったのか?」 「真顔でそんな事言うんじゃねぇよ!」 真顔で尋ねる健に遥が突っ込んだ。 薄気味悪い雰囲気でも健の明るさは変わらない。 まるで相反する光と影のように。一筋の光のように。 あゆみは遥の冷静さや何やらはこういう土台で培われたんだと思った。 電気をつけずに進むのは難しいので健と遥が持って来た懐中電灯を点けた。 ガシャン。 闇を切り裂く音。 「何か今音がした・・・」 あゆみはとっさに近くに居た元川の制服を掴んだ。聞こえた音はさっき五人が 歩いて来た方向、階段の辺りから聞こえた。 不審な物音が暗闇で倍増されて神経を襲う。 「なんか金属の音っぽいよね」 恵が二人のライトの照らす方向を向いて言った。 「行くぞ」 健がそう言うと四人はそれに続いて来た道を戻り始めた。 職員室、校長室を通り過ぎる。 教室では一匹狼であまり人と関わらない元川はあゆみが制服を掴んでいるのを 拒絶せず、そのまま歩く。 一歩一歩階段の方へ近付くと、階段の前辺りに何かが転がっているのが見える。 丸い、見慣れた大きさのそれ。 丁度誰もが持っているそれの大きさ。 「きゃあぁ」 まず視界にそれを捕らえて認識し叫び声をあげたのは恵だった。 「ひ、人の首?」 目が大きく開き、無意識に口を開いたまま閉じれない状態で恵は言う。 「オイ、よく見ろよ」 元川が促すとそれは人の首ではなく、遠くから見るとそれに見える人体模型の 首だった。それを遥は拾い上げるとまじまじと見る。 「さっきの金属音は首と胴体の接合部分が床に当たった時のだな」 見終わると気分悪そうにそれを床に投げ捨てた。接合部分の金属がまた床とす れていやな音がした。 「誰がこんな事・・・」 あゆみが声を震わせながらそう言うと、遥があゆみの手を安心させるように強 く握った。こんな時にかわいそうに無理やり参加させられる彼女を宥めるのは 男性陣の役目だ。 「そりゃあこんな事やってくれるのはあの人しかいないっしょ?」 健は何か言いたそうにしている遥をチラッと見た。 「ああ。何しろこんな模型勝手に持ち出すんだから西野だろーな」 遥は少し口の端で不敵に笑う元川を見た。 「しかも俺たちが校内に居る事気付いてる」 闇の似合う大きな目で元川は少し震えるあゆみを見た。 「厄介な事になってきたね」 あゆみはまだ驚きが抜け切らない恵を見た。 「先生が徘徊してるって噂はマジみたいだね」 その瞬間肝試しが肝試しでなくなった。 まだ西野先生が生徒の失踪事件に関与しているという事実も証拠もないが、怪 しい行動をしているという事は分かった。 「ねぇ・・・これからどこに行く?」 あゆみは全体に対して尋ねた。 遥はまだあゆみの手を握ったまま。健はそれに気付いていても何も言わない。 恵は羨ましそうにそれをじーっと見る。 「俺はとりあえずストレートに生物講義室ら辺に行きたい」 「俺は生物室は避けてあまり使われてない教室から見たい」 健と遥の意見が分かれた。それはそんなに珍しい事ではなく、頻繁に起きる。 全く対比的な二人。 「じゃあどっちにするの?」 恵が促した。考えている間の無言の時間を闇が包み込むようにせまる。 気味の悪い校内。 「じゃあ二手に別れるか?勝手知ったる我が母校だし」 懐中電灯で照らされた健の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。二人は無理に意 見を合わせようとはしない。どこまでも自分に正直。 「危なくないか?」 元川が尋ねると遥がボソッと呟いた。 「しょうがないよ。この二人絶対自分の意見諦めないタイプだから」 あゆみがそう言うと隣りにいる遥がボソッと何か呟いたが、それは誰の耳にも 届かない。紡がれた言の葉は暗闇の中に消えた。 「じゃあジャンケンで決めようよ」 恵がそう提案すると別に他に案もないのでそれに従って手を出した。 「じゃ〜んけんポイ」 グーを出したのは健とあゆみと恵。パーを出したのが遥と元川だったのですぐ にチームは決まった。 遥は高山恵と二人きりのチームだけは免れてよかったと本気で思った。 自分の出したパーの手を見て思いっきり感謝した。 そして違うチームになった遥は残念そうにあゆみの手を離した。 手にはさっきまであったその体温が残る。そして波のようにそれは引いていく。 「健、任せたぞ」 それ以上は言葉で言わないで視線だけ送った。 「ああ」 二人だけの間で通じていた。 守り抜く約束。 それだけ譲り受けて、二つの懐中電灯は違う階へと別れた。
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