無料-出会い--キャッシング-アクセス解析






+++誘惑〜fallin into you+++











選択肢は私にはない。
拒否権もない。
彼のそのオオカミのような目、私を酔わせる胸。
無駄な誘惑を繰り返すその腕。
私はその全てに虜。



私はたった今、グリップを失くした。定まらない心の方向。
別に悲しくない。当然の別れだと言い聞かせる。突然の別れ話。
予想もしていなかった程突然に。
一瞬にして私の世界は変わった。
「オレ、他に付き合ってる子居るんだ」
彼、いや、もう今となっては元彼の幸太郎はそう切り出した。
心に嵐のような風が吹いた。
「浮気してたの?」
私はそう答えたけれど、まさか、まさかこんな答えが返ってくるなんて空にも
考えなかった。
だって、まさか、私が。
「実は由衣との方が浮気なんだ」
は?コイツ何言ってるの?
ねぇ、嘘って言って。
そう言われると私の神経は一瞬にして宇宙まで飛ばされた。
向き合ったまま少し時間が経って、私の神経も地球に戻ってくると、勢いよく
振りかぶって幸太郎を殴ってやった。
周りの視線がその音でこちらに集まった事なんて気にしてない。
気にしてない。
「最低」
一言、それでも今搾り取れるだけの最上級の気持ちを込めた罵声を降りかけて、
精一杯睨んで、ついさっきまでは親密な関係だったそいつの元から歩き出す。
ねぇ、頬が痛いでしょ?
私も心が痛い。

あんな男、別れるべきだったんだと言い聞かせる。
何度も。
あんな何もない男。お金も、顔も、何もない男。
愛すらもなかったなんて。
デートの時もしっかり割り勘・・・どころか私の驕りばかりだったし。
貢いだわけじゃないけど人の金に頼るし。
だらしなくて、私が身の回りのことまでしてあげなきゃいけない世話の焼ける
人だったのに。
なんであんなしょーもないどこにでもいるような男を好きになったの。
そう思っても。
でも残るのはなぜか敗北感と、ズタズタにされたプライドを庇おうとする自分
の心に対する虚無感。
だって、振られたのは初めてだから。
自慢じゃないけど私はお金とか地位とか名誉とか言うものは生憎何も持ってな
いけど、顔だけは少し自身があったのに。まさか浮気相手があんなデブでブサ
イクな女だなんて。
そんなの酷じゃない。
そんな、まさか。としか言えないじゃない。
そしてひたすら涙が流れる。
これは涙なんかじゃない。
アイツのせいで流した涙じゃない。
って言い聞かせた。
なにもこんな人目のつく公園で別れ話なんてすることないのに。
お陰で私の失態は意外と多くの人に見られたかもしれない。
大丈夫、私は大丈夫。気にしてない。
私はまだ涙は止まらないものの、心の安定を取り戻してベンチから立ち上がっ
て、家路に向かって歩き出した。
家路は寂しかった。
とにかく今起きた出来事で頭がいっぱいいっぱいで。
フリーズした思考回路を抱えてただ家を目指して歩いていた。
特に何も考えていなかった。白くなった頭を抱えながらただ歩く。
人込みに紛れてただ歩いていた。無意識に家路へと。
「きゃっ」
気づいたら私は前を歩いていた人におもいっきりぶつかって、何もない場所で
前方不注意によって転倒してしまった。そして他人の腕の中にいる。
ヤ、ヤバイ・・・。
恐る恐る顔を上げると、それは男の人の顔。
少し怖い。怒られないかな。
その人は驚いたように私の顔を見ている。その目が恐ろしいくらい美しい。
私は一瞬目を疑うと同時に心を奪われた。
こんな綺麗な目・・・。
謝るための言葉が口から出てきたのは倒れて5秒後位だった。
「ご、ごめんなさいっっ!!お体大丈夫ですか?」
私は人込みの中、通行人たちがたった二人で地面にこんな体勢で居る私たちを
見るのを気にしないようにしながら謝った。
「ええ。それより貴方は平気なんですか?」
綺麗な瞳をしているその人は本当に心配している様子で私に言った。
低くて甘くて優しい声をしている人だなと思った。
茶色い目がまっすぐ見つめる。
まっすぐ見つめられるとなんだかくすぐったい。
「え?大丈夫ですけど」
男はそれでも納得しない様子で口を開いた。私の肩を掴んで。
「だって、泣いてますよ?」
「え・・・?」
たった今の今まで私は泣いていることを忘れていた。
この人の綺麗な瞳の衝撃でそんな事は忘れてしまっていた。
それでもどうしても止まらなかった。
なんでもない事なのに急に、急に隣に誰か、誰かが居ない事が寂しく感じた。
駄目。
そう思っても止まりそうもなかった。
私の心の不安定さの象徴。
すると、その人はいきなり初対面の私を強く抱きしめた。
優しいその腕は意外と強い力で私を包んだ。それが心地よくて、それが今私が
求めているものなんだと気づいてその胸に顔をうずめる。
今欲しかったのは慰めの胸だ。
それでも。
私はまだこの人の名前さえ知らない。
誰かも知らない。身元も、何も。
知っているのは・・・瞳の美しさだけ。
それでもその腕に包まれていると優しい気分になれて、不思議と落ち着いて、
その涙も止まった。
守られているようだった。
ねぇ、何で私を抱きしめるの。
涙はもう止まったから、あの男の事は忘れなければならない。
「あ、あの私、大丈夫ですから!む、胸貸してくれてありがとうございます」
私はその腕を振り解いて立ち上がると丁寧に礼を言った。
初対面の男の人に胸を借りるなんて初体験。
少し、いやかなり恥ずかしくて顔が赤くなるのが分かった。
丁寧に謝るくらいではきっと足りないくらい落ち着いた。
「いいよ。これからは気をつけてね」
その瞳で私をまっすぐ見る目ながら、少し低い、優しいような甘いような大人
の声に笑顔を添えて私にさよならを言った。
なんだか全てが心地いい人。



家路の間に頭をよぎるのは失恋の事や幸太郎のことじゃない。
なぜか不思議なあの瞳だった。





PM9:00英会話教室で働く私の上がり時間だった。いつものように教材を整理
して、あとは帰るだけ・・・の所に何やら足音、しかもこっちに向かってくるのが
聞こえる。ヒールの高い音。
こんな音をさせている講師は一人しかいない。
「ねぇー由衣、明日合コンあるんだけど来てくれない?」
同僚のひろこ、自称合コンクイーンは週一位のペースで私を合コンに誘う。
趣味合コン、男と遊ぶ、貢がせる事。
「お断り申し上げます、クイーン」
私はふざけて丁寧にお断り申し上げた。
「えぇ?!由衣今フリーなのに?今遊ばないとでしょ!」
ひろこは信じられないといった表情で言った。ひろこは可愛くて、明るくて、
合コンでもてはやされて、遊べるタイプ。
彼氏が居なくなればすぐにまた次を探す。
そして私は・・・
「だって合コンとか苦手だし」
本心。
「いいじゃん気晴らしになるよ。金も男持ちでいいじゃん?」
男の金で遊びつくす主義のひろこは私の背中を二三回叩く。
そりゃあ驕りならいいけどさ。それでも。
「今の所男は勘弁して?」
ひろこはちょっと考えた。私をじっと見つめて。
「・・・そういう事ね。失恋の傷はすぐには癒えないっていうしね」
了解といって、ひろこは風のように教室から去っていった。
そう、私は合コンだとかそういう華やかなタイプじゃないし。
それにさっきの言葉は嘘。本当は忘れられないだけ。
心に住み着いて離れない。
あ、幸太郎の事じゃないよ。
あの人、街の中で私とぶつかった人。
あの瞳、あの腕、あの胸、あの声が頭、脳裏に焼きついて忘れられないだけ。
あの人は私のことなんて一瞬にして忘れ去ったに違いないけれど。
私はgraspとか何とか書いてある単語カードを片付け終わると、教室を出た。
眩しい光が私を包み込んだ。
私の心はgrasp、あの人に掴まれたのかもしれない。
今日の夜は何を食べようかなと考えて歩いていると、私の好きなイタリア料理
の店があったけれど、カップルばかりの店に一人で入るのはすごく気が引ける
のでやめようと思った。
結局かわりに家出何か作って食べようと思って、ぼーっとしながら歩いている
と・・・

パッパー。
まぶしい光、車、赤信号。
ヤ、ヤバイ、引かれる・・・!
黄色いカーライトしか視界に入ってこなかった。
瞬間私は命の覚悟をした。時間が長かった。
全てがスローモーションだった。
もうどうしようもないと思って腰が引けた。
引かれる、痛い、嫌・・・
固まってしまったようにその場所から動くことが出来なかった。
目を瞑って、これから降りかかるであろう痛みを受け入れようとした。
すると大きな体が私を連れ去った。
正確には引かれそうになる私を勢いよく助けてくれた。
キーッと車の急ブレーキの音がした。
ギリギリだった。
私は目を大きく見開いて、周りの状況を見た。とりあえず自分は引かれていな
いということだけは分かった。
本当にすべてがスローモーションだった。
「しっかり前見て歩けよ!!!」
黒いワゴンに乗った四十代位のおじさんが、運転席の窓から思いっきり身を乗
り出して私をどやした。
私は何もいえなかった。怖かった。
自分の命を危険にさらしてまで私を助けてくれた人に本当に感謝したいと思っ
た。それでも言葉が出てこない。
ねぇ、何でそんな危ない事をわざわざして助けるの。
「あぶないですよ、前見て歩かないと」
信号を見ずに横断歩道を渡ろうとした私を命の恩人はそう言って戒めた。
私は怖くて顔を上げて命の恩人の顔を見ることができない。手が震える。
今更のように引かれかけた事が怖くなった。
あと一瞬遅かったら。
それでもお礼は言わなくてはならないと思った。
道の真ん中で座り込んでいると、その恩人さんがやっぱり戒めている。
でもなんだかその声に聞き覚えがあって顔を上げた。
「?!」
それはあの人だった。
あの茶色い目、優しい腕、彼だった。
彼の方も私を見て驚いたように目を少しだけ見開いた。
「また貴方ですか。気をつけてくださいよ」
そう数日前に私がぶつかった人。
そして今日私を助けてくれた人。
優しいんだね。
驚いて目も口も広がったまま。きっと今の私は変な顔。
怖くて涙も流れるし最悪。
この人には恥ずかしいところを二回も見せてしまった。
しかも今回で今度こそ抜けた女だと思われたかもしれない。
それでも私は心の中に住み着いたこの人とまた再会できて嬉しかった。
私の事を抜けた女でもマヌケな女とでもなんと思われていてもいい。
それでも嬉しかった。
泣き顔も二度も見せてしまった。
「す、すいません度々・・・助けて頂いて。あ、あの・・・」
私は言いかけて少し躊躇った。言葉がうまく出てこなかった。
予想外の再会だったから。
するとその人は首をかしげて不思議がって、そしてこの前のようになぜかまた
私を抱きしめた。
私の方こそ、首をかしげたいよ。何で・・・?
なぜかまた涙が止まらない。何で・・・
「また、会えて嬉しいです」
その甘い声でそう言われると、私はなぜか解き放たれたような気持ちになって、
まだ名前もしらない彼の胸に顔を埋めて頷いた。
この瞬間、私は今のところこの世で一番幸せだと思った。
今なら意識を宇宙へ放り出してもいいと思った。
こんな再会だけど。
彼は私の顔をしっかり見て頭を撫ぜる。
「また泣いているんですか?泣かないで」
そう言って私をまた抱きしめる。
ねぇ優しすぎるよ。
「ホントに嬉しい」
私も。
私も。
そうやって言いたい。でも言葉にはならなかった。
その代わり、
「あ、あの・・・お礼にご飯でもどうですか?」
彼はおそらく笑ったのだと思う。
彼が答えを返すまでには少しだけ時間があった。
やっぱり笑ったのだろう。その意図する所は分からないけど。
「いいですね」
そうやって答えた事だけは確か。



私の顔が熱いのはきっとアルコールのせい。
コース料理と一緒にワインを開けた。
私の目の前に座っている彼は目が合うと笑みを浮かべて、話も振ってくれて、
見たところお酒も強そうだった。
私はそれについて行こうと思ってちょっと無理をしてしまったのかも。
そう、少しでも一緒に居たい。
目の前に居る、私の心に住み着いた人は、きっと夢なんだと。
事故が見せた幻想だとして、それから覚めたくないから。
でもこれは現実だと分かると二度と会えないかもしれないから。
二本目のボトルを頼んだときにもうやめておけばよかったのかも。
それでも、彼ともう少し、もう少しだけでも長く一緒に居られるのなら少しく
らい無理をしてもいいだろうと思ったから。
「由衣さん、ちょっと飲みすぎなんじゃないですか?」
「大丈夫ですよぉ、大沢さんも飲んでくださいよー」
私はちょっと酔っているのかもしれない。
いや、確かに顔は熱いし、なんだかテンションも高いし。
同じピッチで飲んでいる大沢さんはきっとお酒に強い。
ついていけるはずもないのに。
「運命、ですね」
「え?」
体中の体温がいっせいに顔に集まったように私は赤くなった気がする。
大沢さんの言葉が頭の中を駆け巡る。
「まさかまた出会うなんて」
そう言ってエビを食べる大沢さんは微笑を浮かべて私を見る。
お酒と、イタリアンが似合う。
やわらかいけれど鋭い視線。
私を大胆にする魔法。
「私また会えないかなぁーーって思ってたんですよ。前に会った時、私失恋し
ちゃってー!!ちょうどその後大沢さんに会ってー!もうコレ運命みたいな感
じで〜、ずーっと大沢さんの事頭から離れなくてねぇー」
「僕もですよ」
何に対して同意したのかは分からなかった。
それでも、どっちにしてもなんだか嬉しくて、もう限界なはずなのにまたワイ
ンを引っ掛けて、その後の意識は私にはなかった。
これも魔法のせい。




気づいたら私は見知らぬ部屋に居た。
明らかに自分の部屋じゃないことだけは分かる。
意識を取り戻すと私の隣には大沢さんが居た。
大沢さんは私の目を見て笑う。目が、鋭いけど。
いつか、私を抱きしめたあの手で彼は私の頬に触れた。触れた所から体温が伝
わる。大沢さんのそれ。
「顔、熱いね」
視線だけまっすぐ私に向けて、キッチンの方へ向かい、ボルヴィックのボトル
を私に渡した。酔い覚ましのつもりかな。
「あ、ありがとう」
段々緊張してきた。私だってもういい大人だし、二人っきりで部屋まで来た以
上はお酒飲んだり話したりするだけで終わるなんて思っていない。
浅はかだということは否めない。
でも、足が硬直して動けない。
なぜ私はここにいるの?
とにかく冷静になろうと思って渡してくれたボルヴィックを喉に流し込む。
火照っていた体が冷えていくのを感じる。
「座ってよ」
大沢さんが私に座るように促した。
モノトーンの広いリビング。液晶の大画面のテレビの前にソファがある。
まだ来たばかりで全体が掴めないけどきっと広い部屋だと思う。
私はその黒いソファに座って部屋を見渡した。
「大沢さんって、お仕事何なさってるんですか?」
別に金に目が眩んだわけじゃないけど、この部屋の所有者はどんな人なのかと
いうのはすごく気になっていた。気になっていたけど聞けなくて。
「薬剤師。由衣さんは?」
「凄いですね〜。私は英会話講師です。全然凄くないでしょ?」
大沢さんが笑いながら私の隣に座った。ソファが歪む。
「いや、似合ってるよ。先生っぽい。ちょっと抜けてるけどね」
やっぱりそう思われてた。でも大沢さんは相変わらず笑っているし、そんな事
はもう気にすることもないと思った。
手にはチューハイの缶を持っている。赤ブドウ味。
「また飲むんですか?」
「チューハイなんてジュースみたいなものだし」
ホントに大沢さんはお酒に強い人だと思った。
お酒が強くて、女の人を魅了するような容姿を持っていて、優しくて。
完璧な人。今私の隣にいるのが考えられないくらい完璧な人。
きっと私に似合うのは幸太郎のような、何も持っていない空っぽな人。
移り気で、私を振った普通の男。どこにでもいるような人がきっと似合う。
私には場違いな人、場違いな雰囲気。
「何じっと見てるの、恥ずかしいじゃん」
「あ、ごめんなさい。よく飲むなぁって思って」
恥ずかしい。少しだけ微笑でごまかしたりして。
それでも彼の笑顔には完敗な訳で。
「由衣さんは飲まない?」
そんな感じでお酒をまだ勧めてくるわけで。
「うん、私はもう飲みすぎちゃってしんどいからいいです」
よく考えるまでもなく不思議な光景だったりして。
隣にいるのは初めてではないにしても二回目にあった人。
しかも関係は合コンで始めてあった二人なんかよりもぎこちなくて、ホントに
あったばかりの二人みたいなもの。
それなのに私がこの人の部屋にまで上がりこんでるのは何故。
私なんか言ったっけ・・・?
「あ、あの大沢さん」
「ん?」
「あ、私酔っ払ってなんか変な事言ってませんでした?しかもなんかあんまり
ここに来るまでの事とか何も覚えてなくって・・・」
「く・・・」
大沢さんは急に声を殺して笑い始めた。なんだか大沢さんらしくない。
え?
「覚えてないの?」
ちょっとだけ声のトーンが変わった。低くて、少しだけ鋭い。
「は、はい」
いや、大沢さんらしくないんじゃない。私はこの人の事をほとんど何も知らな
いのに。
「彼氏と別れた話も、全部?」
「は、はい」
「寂しくてしょうがないって話も?」
「は、はい」
「俺のこと気になるってことも?」
「は・・・はい」
顔が高揚するのがわかる。そんな事を言っていたのか・・・。
恥ずかしくなって両手で顔を押さえたが、もう遅い。
アルコールの回った体でさらに恥辱で赤くなった顔はもうどうしようもない。
ふと私の手になにか触れた。触れたのは大沢さんの手。
触れたところからさらに顔が熱を持つ。
唯でさえ隣に座っていた大沢さんがさらに近距離にいる。
「俺がまた会いたかったって思ってたって事も覚えてない?」
「・・・」
「俺は・・・ずっと会いたかった」
私の耳元で、吐息だけでそう言った。急に優しくて柔かい声で言われてドキッ
とした。芯から解けそうな甘さ。
さっきまで赤かった顔がまた輪をかけて赤くなりそう。
体は大沢さんの手で引き寄せられて抱きしめられた。
抱きしめられるのは数えて三回目。まだ会って深い関係でもないのに。
浅はか。
そんな言葉が私の頭の中を過ぎった。
でも私は四六時中、頭の中は彼で占拠されてしまった。
これからどんな事があったとしても、これを浅はかと呼べるの?
浅はかなんて言葉で済ましていい思いじゃない。
私は手を大沢さんの背中に回した。広い背中。安心する背中。
私も・・・会いたかった。
今日再会した時に言おうと思って言えなかった言葉。それはまた空を斬る。
大沢さんの胸に顔を埋めて見上げると、思ってもみない微笑。
妖しくて、美しくて、優しくて、鋭い視線。
目が合うとドキっとする。
「私も会いたかったんです」
心臓の脈打つ音が早まるのを感じた。それと大沢さんの顔にまた違う笑みが浮
かんだのが分かった。思いが溢れそうだ。
彼の笑みは魔法のよう。獣の笑み。私を大胆に変える魔法。
大沢さんの顔が驚くほど近くにある。そして唇が触れ合った。優しさの中に鋭
い獣を秘めた目でまっすぐ見られるだけでドキドキする。
触れて、離れてとやわらかい口付けを繰り返すと、貪るような舌を絡ませる激
しいキスをする。キスも上手。私の口を、味わうように吸って唾液が艶やかに
妖しく光に輝いて綺麗。
負けじと大沢さんの中に私のを侵入させると、彼は私の舌を甘噛みして、歯茎
をねっとりと舐め上げられるとゾクゾクする。
大沢さんは私から離れるとチューハイの缶を取って口に含むとそのままキスし
て口移しで赤ブドウ味が私の口の中で広がる。
「ちょっと酒の力を借りたりしてね」
そう言って笑う。優しい彼。慣れた手付き。
そんな事言って、大沢さんはこんなチューハイでは酔わないのに。
酔って大胆になるのは私の方なのに。うまい事いわないでよ。
大きな黒いモノトーンのソファに座って長い間キスをしていると、吐息が首筋
にかかって思わず震えた。首筋にキスをすると、巧みに私の上半身を全て脱が
してしまった。大沢さんは鋭いような視線で私を見る。
いよいよ自分の裸体がさらけ出されるとまた顔が赤くなる。
私はすぐに顔が赤くなるから嫌だな。
「く・・・恥ずかしいの?かわいいね」
ほら、こういう風に言われるから。そう言って口の端でいやらしく笑うと私を
ソファに寝かせて、まさぐるように激しく触る。突起状になったそれを口に含
んで舐めたり吸ったり噛んだりする大沢さんはすごいセクシーで、それもあっ
てなんだか凄く気持ちがいい。
「ん・・・大沢さんっ・・・」
まただんだんと大沢さんは下に移動して、スカートにも手をかける。スカート
は脱がさずに下着の隙間から指を入れる。
「結構早いね由衣さん。俺ほとんど何もしてないのに」
優しい彼はこんな風に言葉で私を弄ぶ。さっきまでの彼と、私の中の創造して
いた彼とは凄いギャップ。
「い・・・ひゃぁあん・・・っっ」
「まだ2本だよ」
中で折り曲げないでよぉ大沢さんっ。ねえ。
「あっ・・・」
「3本」
こんな彼、いやらしい。卑猥な彼。そんな彼の前で私は・・・恥ずかしい。
「ぁあっはん・・・あ」
ねぇ、お願い。お願いだから。
大沢さんは今になってやっと服を脱ぎはじめる。バーバリーのネクタイも、ア
ルマーニの高級そうなスーツも私には釣り合わないのに。
この人は何で・・・。
脱ぎながらも指は出し入れを繰り返されてもう限界。
「ねぇ大沢さぁん・・・ん」
「いやだよ。一緒にしてよ」
彼の中の獣の視線が私に突き刺さる。私は言われるまでもなく彼の体にキスを
降らす。今度は私の番なの。胸のそれをきつく噛んでしつこく舐めると彼が小
さく呻いた。彼が少しでも感じるなら嬉しい。
ねぇ、私の前で全部曝け出してよ。どれが本当のあなたなの?
何であなたは・・・
「ん」
彼を覆う最後のそれを取ると、迷わずに口に含んだ。
「ん・・・う」
奥まで苦しいけどしっかり入れると彼はだんだん淫らになっていく。
大沢さんはそんな時でも凄く綺麗。
「はぁ・・・」
彼は私の頭を急にそれから離れさせると、丁度彼が私のを、私が彼のをという
体勢にさせた。ねぇ、何でこんなに淫らなの私。
何で、こんな私を抱くの?
聞きたいけど聞けないこと。
「あぁんはぁ・・・やぁん」
中心部をしつこくされると意識しないのに激しく声が漏れる。お酒のせいだけ
じゃないよね。下から来る気持ち言い刺激と自分が彼にしてあげているという
状況で頭が真っ白になりそう。
「あぁ・・・いっ・・・ねぇ・・・大沢さんぁ・・・ん」
「俺もそろそろかも」
そう言うと大沢さんは私を膝の上に乗せて一気に入る。丁度抱きしめあえる格
好で。私はもう大沢さんの広い背中に手を回して身をそれに委ねた。
「あんっぁあんっゃ・・・あ」
大沢さんの手は私の腰にあてがって支えて、一方で別の部分を刺激して二重に
くるわけで。私はそれに我慢できずに腰を上下させてただ欲に身を任せるだけ。
キスされる度に息が苦しくなる。もうこれが一夜の恋でも勢いでも何でもいい。
抱きしめてほしい。
キスしてほしい。
もう少しだけでいいから一緒にいてほしい。
一度だけでいいから全てを見させてほしい。
感情まではいらないから。
「いぁ・・っはあん・・・やあぁっ・・・・・・っっ」
「由衣・・・ッ」
もう意識が飛びそう。白い世界はすぐそこ。
大沢さんの顔が見える。息が荒くて、汗が滴ってて、それでいて妖しい表情。
彼が動くと、私はいよいよ意識を手放した。
ただ彼と一緒になれたことが嬉しくて。



情事は確かソファの上だった気がする。
でも私はなぜか今ベッドの中にいる。白と黒で統一された部屋の黒いベッド。
そしてここがどこかも分かる。大沢さんの家。大沢さんらしい部屋。
隣には気づくと大沢さんが寝ている。
大沢さんがベッドまで運んでくれたのかな。そう思うとちょっと笑いそう。
別にこれが大沢さんの気紛れでも私が寂しくてついやってしまった事でもいい。
今彼が隣にいる。これだけは紛れもない事実。
それだけは消えないから。
「起きた?」
大沢さんが素肌の私を抱きしめた。やっぱり暖かい。
「うん。大沢さんがここまで運んでくれたの?」
「うん。っていうか由衣ちゃんコロっと寝ちゃったから」
由衣ちゃん・・・
最初は由衣さんだった。ちょっとだけ距離が近くなった気がした。
「ご、ごめんなさい」
私のアホな寝顔も全部見られた?その上に運んでもらって。
「いいよ謝らないでよ。そんな事よりまた会えるかな?」
え?
彼は私の額に額をコツンとぶつけてそう聞いた。
そんな・・・何で。
「何で・・・大沢さんは私を抱いたの?」
聞きたかった事。聞けなかった事。
大沢さんは相変わらず顔に微笑を浮かべた。その目は優しくて、腕が私を大沢
さんの方へと誘惑するように引き寄せる。広い胸。
この事を聞くのが怖かった。
でもいい。だって所詮一夜限りの付き合いなんでしょ。
「一目惚れしたから」
「え?」
心臓がドクンと跳ねた。空耳じゃないよね。
大沢さんから予期してなかった言葉が返ってきた。
「泣いてる由衣ちゃんがどうしても放っておけなくてさ」
ねぇ、一目惚れって。あの時―――
私が失恋して泣いてぶつかったあの日。
何も言わずに抱きしめてくれた時。私も一目惚れした。
あの瞬間、大沢さんは唯一の慰められる場所だった。
あの腕が、あの胸が私の何よりの救いだった。
「私も・・・」
今度はすんなりと言えた。もう泣きそう。
少しだけ大沢さんの背中にまわした手を強くした。
「え?」
大沢さんは驚いたように反応する。抱きしめていた私の体を一旦離して目を見
開いてまっすぐに私を見る。真剣な視線はドキドキする。
「私も一目惚れした・・・」
嬉しくて、嬉しくて。涙が出る。涙腺は緩む一方。
あの時から大沢さんは私の心の住人になっていて、忘れようと思っても無駄で。
それでいて失恋を一瞬で忘れさせてくれるくらいのパワーがあって。
まだ全然何も知らないときから虜だった。今も。
誘惑されたのも一目惚れしたのも私。
あなたのテリトリーで乱れたのも私。全て私。
「ホントに?」
その問いに私はコクリと頷いた。すると大沢さんの顔には満面の笑み。
含み笑いでも何でもなかった。その彼がなんだか今度はかわいかった。
「大沢さん・・・?」
大沢さんは私が今までには見たことのない笑顔で私に笑いかける。
ああ、もう駄目。この笑みはA級犯罪。
私の頬に優しくキスして強く抱きしめてくれる。
この腕が好き。
「由衣は俺のモノだから」
心を完全に繋がれた私は彼の胸に顔を埋めた。
この胸が好き。
「ねぇ大沢さん」
「信也って呼んでよ」
「信也・・・」
「ん?」
「大好き」
そう言って今度は自分から信也の頬にキスを一つした。
彼は笑った。
その笑顔が好き。
虜にされたのは私。
その腕、その胸、その笑顔、優しさも全て。
あなたの全てが私を誘惑した。
私があなたの中に堕ちて行ったのは当然。
だってあなたはこんなにも魅力的で、私には不釣合いなのに・・・
あなたも私の中に堕ちていったんだから。





誘惑。
それはあなたの中まで堕ちていく為の魔法。
あなたさえ居れば、私はどこまでも堕ちていけるから。





**END**










 
 
 

 




 
55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット