++アンダースタンド++





「先生〜!この問題分からないから教えて?」
ここは私達の密会場所、もとい生物準備室。
この部屋を管理するのは先生、こと矢代信行。
私達のクラスの生物の担任であり、サッカー部の顧問であり、私の恋人。
いわゆる先生と生徒の恋というやつです。当たり前ですけど皆には内緒。
「いいよ。っていうかまた浸透圧?」
「ごめん!何回も聞いて。これだけはどうしても一人で解いても無理なの」
「美優が?美優が分からないの?」
「またそうやっていじめるの?」
お互いに答えはなかった。
そう、なんだか最近先生はこうやって私をいじめる気がする。
最近の先生の趣味かもしれない。
「じゃあノブって呼んでよ」
「はぁ?だって学校だよ。バレてやばい事になるの嫌だし、嫌でしょ?」
先生は私に砂糖一個、ミルク入りのコーヒーを出した、私は彼がいつも出して
くれるそれを飲む。コーヒー出しは先生の趣味。
いやいや、先生の本当の趣味は音楽鑑賞とサッカー観戦です。
コーヒー出しは特技って事にしておきます。
「お願い、ノブくん?」
少し恥ずかしかったけど、ふざけた感じで言うと先生はいつも以上の笑顔で見
つめ返した。何も返事をせずに。
最近の先生はやたらと名前を呼ばせたがる。
何も言わずに、笑って、私の方へ近づいてきた。隣に椅子を置いて、授業の時
にしか掛けないメガネをするとドキッとする。その白衣から出た長い指が問題
集をめくるのは反則。今にも触れるか触れないかの距離で、私の事を気にせず
に問題を見る先生の目はまっすぐだった。それが先生の答え。
「あー、これはコイツが膨張しきっててこれ以上水を吸えないって事を考えて、
浸透圧の公式使うんだよ」
あ、そっか。
「あー、あー!そういう事ね」
私が納得すると、先生はこんな距離で私に笑顔を見せた。これも反則。
「物分りのいい子で嬉しいよ、先生は」
そんな事を言って私の頭を撫でる。
「何で?」
「いつも質問しに来る子いるでしょ?あいつが今思い浮かんだ」
私も一人名前が頭に浮かんだ。
保井真緒。
多分彼女の事を言ってるのは間違いないと思う。
「さすがにいつも来られるとね」
先生は少し顔をしかめて笑ってそう言った。
「教員失格!じゃあ私もわざわざいつも聞きに行ってあげるよ」
そうふざけて笑って言った。
こんな教師、先生じゃなかったら最低。多分嫌いになってた。
「美優なら大歓迎だよ」
「は?嫌なんじゃないの?」
「お前基本的には人に聞いたりしないから、そういうのは新鮮でイイかなぁ〜
って思って。甘えてよ」
「やだ。だって・・・」
「だって?」
先生は絶対だっての続きを聞きたがる。その目にはなぜか逆らえない。
「だって、先生に甘えだしたら自分止まらない気がするから」
何て事を言っているんだと今更言ってしまってみて思った。体温が顔だけに集
中したかのように熱い。恐る恐る先生を見ると、息のかかる距離で笑った。
「何で笑うの?」
恥ずかしくて、少し下を向くと、先生の手が私の頬に触れた。
質問の答えは返ってこない。先生の常套手段。
代わりに、代わりに先生は私の唇に触れた。先生は学校なのにあまりにも情熱
的だから、うっかり腕をぶつけてコーヒーを零してしまった。それでも気にし
ないように先生は私のを奪う。
沢山の本や、数え切れないほどの実験器具に囲まれてこんな事をするのは逆に、
最高に場違いで気持ちがいい。
熱に、犯される。
「先生、コーヒーが」
「気にするなよ」
それが絡まって溶けきると、唇をお互いに離した。
「あ、コーヒー片付けるね」
「いいよ、俺コーヒー係だから」
自分で勝手に決めたくせに。
少し笑いが止まらなかった。なぜか片づけを進んでする先生を見たらなんだか
おかしくなってきた。
先生に後ろから抱きつくと、体が少し反応したのが分かった。
少し驚いたんだろうと思うと、また面白くなった。私は笑いをこらえた。
「片付け、できないんだけど?」
なんだか不思議な気持ちだ。
「だって」
「だって?」
先生はいつものように続きを聞く。
「離れたくないって言ったら、怒る?」
本当の私は究極に甘えんぼ。
だから一度先生に甘えたらずるずる行くって分かってる。
でも、それでも先生なら。
先生は質問には答えない。私のほうに向き直って笑った。
そして私をぎゅっとした。それが先生の質問の答え。
あー私のバカ。そんなこと言ったら先生も困るのに。
ただ今一緒に居たいって思っただけなのに。
この腕、この胸が心地よくて離れたくない。なんて甘えてるよね。
「俺さ、お前に、俺には、俺だけには甘えて欲しい」
先生は私が何考えてたか分かるみたい。
エスパーなのでしょうか。
「私、タガ外れると直し効かないよ?」
「俺が直してやるから」
にっと笑う先生は私なんかよりも数段子供っぽくて、かわいくて、笑っちゃう。
「無理だよ先生には。でも・・・ありがとう、ノブくん」
今の“ノブ君”は感謝の気持ち。先生も喜んでいるって分かる。
だって私を抱く強さが増した。
あと予想では先生は笑ってると思う。顎が動くのを感じたから。
「でも、あと5分で授業始まるから行くぞ?」
あ、そうだった。今は昼休み。次は先生の授業。
「そっか・・・」
そうして私達は教室に向かった。扉を開くまで手を繋いで。
束の間の嬉しい時間だった。






「なぁ、倉橋」
そう、いつもいつも声を掛けて来るのは隣りの席の服部。
質問なら先生にすればいいのに、わざわざ私にするんだから手がかかる。
「何?」
「矢代と今どうなの?」
授業の事じゃないのか。
「どうなのって…別に順調だけど」
そう、先生と私の関係が順調に続いているのは、うっかり・・・うっかり?
私たちの関係を知ってしまったのに、口外しない服部のお陰が95%。
・・・あ、残りの5%は愛ね。・・・少ないね。
「俺まだ倉橋の事諦めてないから、危なくなったら俺の事考えてね」
そう言って服部は笑った。先生と私の事を知ってるのは服部だけ。
多分。服部が誰かに言ってたら分からないけど、その手の噂が広まるのは早い
から彼は口を閉ざしていてくれてるみたい。優しいやつ。
「そういう状態になったらね」
なんて私も笑い返してみる。
でもそんなつもりは全然ないよ。だって、今私は先生にアディクティド。
薬のように、そばにいる事をやめる事は出来ないの。
「そんなつもり無い癖に。お前も矢代も」
服部はそういう風に嫌みっぽく言った。でも口で笑む。
私達の関係を知ったばかりの頃の服部は、私や先生とあまり目を合わせないよ
うにしていたし、隣りの席なのにあまり会話とかしないで気まずかった。
今は何とか立ち直って、冗談とかも言い合える。
親友はほかにいるけれど、恋愛の事を話せるのは服部だけ。
そういう点では友達として誰よりも近い位置にいるのが服部。
服部は、黒板に遺伝の板書をする先生をぼーっと見ている。
服部は私の事を好きだと言った。
服部は何でその思いを心の奥に秘めて、こんな笑顔が出来るんだろう。
私なら出来ない。絶対に出来ないな。
「そんなに俺カッコいい?」
「へ?」
うっかり変な奇声で返事をしてしまった。気がついたら私は服部の方をずっと
見つめていたらしい。確かに私は今の瞬間服部のことばかり考えていた。
「あ、ゴメン!」
「別に俺はずっとこのままでもいいけどね」
服部はにかっと笑ったけど、その後照れたそぶりを見せて生物の問題集で顔を
隠した。服部の行動はすべて冗談で裏付けされたようだった。
それでも私は良くないよ!
気付くと私達の席の近くの人やそのさらに遠くの人もみんなが私達を見ている
のに気付いた。先生も見てた。
「・・・お前ら、授業中だから。そういう事は後でして?」
先生は眼鏡を掛けた表向きの“先生”の顔で対処した。
ねぇ、先生。先生、先生。
何か言って。
「何、お前らそういう関係だったの〜?」
教室の遠い所から誰かが言った。
違う、違う、違う。
「違うよ、バカか堀田。俺はフラれたんです〜。傷を掘り返すなよ」
「お前、倉橋に告ったの?そういう事は報告してくれよ〜友達だろ?」
まさに台本を読むように、かなり意図的に気持ちを込めて堀田はそう言ったか
ら、みんな爆笑した。逆にそれが助かった。
それでもみんなの視線はこっちを向いていた。
「とにかくお前ら散れよ。邪魔だから」
笑いながらも少し怒りながら服部はそう言った。私達を見ていたクラスメート
はそれぞれ黒板のほうに視線を移しなおした。
「今の散れという言葉は今の場合正しくないけど、授業に意識を促した服部に
は感謝するよ」
手に持っていたチョークを危うく一本丸々粉々に仕掛けていた先生が服部に怖
いくらいの笑みを浮かべて感謝の意を述べた。
手は白いチョークの粉まみれ。綺麗な骨、細い指をした先生の手は粉まみれ。
せ、先生、怒ってる?
「いえいえ。僕としてもゴタゴタは避けたいので」
服部も明らかに先生に対して意味ありげに、笑って答えた。
それも生物の問題集を少し握りながら。
二人とも怖い。
それでも、私は自分の思いを抑えるので精一杯。
先生にこれ以上求めてはいけないから。
まだ二人は視線を向け合って火花を散らす。
多分私以外のクラスの皆もこの異様な空気、読み取ったのではないでしょうか。







二人とも笑ってキレるタイプだという事を少し考えた結果私は知った。
今までに、先生と口論をしたり喧嘩をしたりした事はなかったし、そんな一線
を越えたこともなかった。まして、それに加えて服部と先生はなんだか戦闘ム
ードというか殺気立っているというか。
とにかく今の私はその二つに板ばさみ状態だと言うことに気づいた。
とりあえず、服部と話をしようと思って教室を見回したけれども、姿がない。
生物の授業中は周りの視線と、先生の視線と、服部の視線が怖くて話しかける
事ができなかったから。
しょうがないから、先生と話をしようと思って生物準備室への廊下を歩いてい
くと、中から声が聞こえてきた。一人は先生、もう一人は保井真緒。
真緒は先生のことが多分好き。いや、絶対好き。
わからない問題を聞くというのは先生に近づくための口実。
「先生ー、じゃあこの問題は・・・この種皮が母方から受け継がれるなら遺伝子型
はこれでいいんですか?」
「そうじゃなくって、表現型は劣性の母方でも遺伝子型はヘテロで単純に交雑
した時と同じで表記すればいいよ」
私は部屋に入りにくくて、準備室の前で座っていた。座って・・・話を聞いていた。
いつもなら真緒は準備室までは来ない。
だって私はいつも放課後には準備室に居るけれど、来た事はなかったから。
だから、何かあるのかなと思った。
でも真緒は相変わらずさっきから遺伝の質問しかしていないし、やっぱり何も
ないなぁと思った。少し安心した。
「あぁー疲れたっ!ねぇ先生。コーヒーちょうだい?」
真緒はいつもの声のトーンよりも少し高い、甘えたような声で先生に聞いた。
先生は生徒にはコーヒーを入れない。私以外は。
「ダーメ。これは俺用だから」
「えー?いいじゃん」
「だから駄目なの。もの分かり悪すぎだよ、お前」
先生と真緒が笑いながら話しているのが聞こえる。廊下まで。
「先生の方がもの分かり悪すぎ」
「は?」
拍子抜けした時の声だった。
私は電気も灯っていない暗い廊下で、荷物を隣に置いて一人座っていた。
向こうの方から足音が聞こえてきた。薄暗い廊下を一人、スリッパの音をさせ
ながら歩いてきたのは服部だった。
「倉橋?なんで入らねーの?」
「シーッ!黙って」
小さい声で服部を黙らせると話の続きが廊下まで響く。
「だぁーから。コーヒーを飲みながら先生と素敵なひと時を過ごしたいの」
あぁ・・・そういう事だったのね。
何かあると思ってたら、先生に告白しようとしてたって事だった。
「保田だよな?あいつ矢代の事・・・?」
小声で驚いて服部は私の方を向いた。服部は私の返事を期待していない。
「でもダメ。コーヒーだけは」
「じゃあ先生彼女・・・今居る?」
私はドキッとした。
「居るよ」
「ねぇ、私じゃダメ?」




「・・・」
声を潜めて私と服部は廊下で一緒に座って中から聞こえる話に耳を傾けていた。
「倉橋、お前行かなくていいの?」
本当は行きたいけれど。
「ダメ」
行ってはいけない。
「は?何で?」
だって私はアウト・オブ・コントロール。
「だって・・・私が行ったら・・・バレる」
誰にも止められないから。
「別に普通に入っていけば保田も話し止めて、部屋出ていくだろ?」
本当は二人きりでなんて居てほしくないけど。
「だめ、だって絶対に抑えきれないから」
だって・・・タガが外れるって分かっているから。
外れたら私には止められない。
今の今になってやっと気づいた。軽い気持ちじゃない。
こんなにも先生のことが好きだった・・・と。


先生、これを嫉妬というのですか。


「うーんちょっと保田じゃ俺の彼女には役不足かな」
先生はそれを冗談として頭の中で処理したみたいだった。
「っていうかそうい・・・」
会話が途中で途切れた。それから数秒、何も聞こえなかった。
本当に何も聞こえなかった。
何があったか、暗に分かった。
「・・・こういうのってダメ?」
二人の距離はおそらく近い。
「・・・ありえないから。今のも、なかった事にするから。行きなよ」
言葉が、少し冷たかった。でも表情は廊下からは見えないから分からない。
「はーい」
それでも真緒はおそらく明るい声でそう答え、笑顔を振りまいたんだと思う。
中でガサガサと音がして、少し経つと荷物を持った真緒が生物準備室から出て
きた。出てくるとそこに居た私たちに気づいた。
「・・・あ、服部に美優・・・ひょっとして聞いちゃった?」
苦笑いを私たちに向けながら真緒は尋ねた。
「悪いな」
服部は少し怒り気味にそう答えると、真緒は笑ってバイバイを言って昇降口の
ある方へと消えていった。
嫌な笑顔の残像だけ残して去っていった。





「お前ら・・・」
少し経つと中から先生が出てきた。座っている服部と私を見て驚いていた。
「とりあえず、・・・中に入れよ」
そう言って、さっきまで真緒の居た準備室に招き入れた。




「俺、矢代に話あるんだけど」
いわゆる先生という敬称など付けずに服部は話したけど、先生は多分気にして
いないと思う。相変わらず先生はこんな状況でも私たちにコーヒーを出した。
さっき真緒には出さなかったコーヒーを。
さらにいつもは出さないのに、冷蔵庫からチーズケーキを私達に出した。
都合よく三つある。
ちなみに私の大好物。だからって誤魔化されないから。
「何黙ってキスされてるんっすか?」
今服部が怒っているのは授業のときの事ではなくて今の事・・・らしい。
少しだけ嬉しい。なんだか私の代わりに怒ってくれている気がして。
「あれは・・・」
明らかにこれはもう先生と生徒の会話じゃない。
「保田に無理やり・・・」
「言い訳するなよ。その後だってもっと保田の事思いっきり拒否したっていい
じゃねーかよ」
敬称どころか、タメ口になってさらに悪い。
これを他の先生に聞かれたら多分怒られるけど、先生は何も言わない。
「・・・悪かったよ。俺さぁ、多分保田が俺の事目当てでで質問しに来てるって知
ってたよ」
「し、知ってたの・・・?」
それは知らなかった。知ってて・・・?
「悪いな。でも知ってたってどうしようもないだろ?俺だって教師だし、表向
き質問に来た生徒追い返すわけにいかねぇだろ?」
怒ったような口調で先生は淡々と話す。それを聞いて服部は頷く。
「確かにね」
納得した様子で先生を見つめる服部。
私はこの緊迫した雰囲気に耐えられなくて、とりあえずコーヒーを口にする。
苦い。
砂糖もミルクも入っていない。
ミルクを冷蔵庫から取り出して、注ぎ、砂糖を二個、もう一個。
あともう一個加えた。
「おい、美優。砂糖入れすぎ・・・」
先生がまだ砂糖を入れようとする私の手を牽制した。
そんな先生の手はあったかい。
「甘い・・・」
それからコーヒー用のスプーンでチーズケーキを食べる。
「甘い・・・」
「当たり前だろ」
そんないつものような会話をしていると、気が緩んでなんだか涙が溢れる。
堪えよう、堪えようとは思うけれど、それに反しては流れる。
「泣くなよ、倉橋」
服部がそう言うけど。
止まらない。止められない。
「だって・・・私、ダメだって思っても真緒に嫉妬しちゃう・・・」
先生はまだ私の手を掴んだまま。暖かい体温が伝わる。
「いいよ別に」
先生の握る手が強くなった。
「ダメなの」
「俺も嫉妬したんだよ、服部に。バカみたいだろ?」
私も先生の手を握り返した。強く。
「いいよ別に」
先生はその手を引き寄せて、私を抱きしめた。あったかい。
「先生、ゴメンね。私ウザイ女で」
「ウザくないって」
嘘が上手な先生。
包む手は大きくて、白衣からはお気に入りの香水の香り。私の好きな匂い。
安心する胸。
「ゴメン、悪かったよ。保田の事は」
「そんな事、いいよ」
私は先生の優しい腕から離れた。
「そんな事より、先生に甘えていい?」
キスのことなんてこれ以上言及しても無駄。
例え先生が誰のことを好きでも、私は止められない。
先生にアディクティドだから。
そんな私の我侭な質問に先生は笑みを浮かべた。返事はしない。
いつもの先生。
これが先生の答え。
寄り添うと先生は私にキスをした。優しいキス。
それでも足りない私はさっきの先生と真緒の痕を消すかのように重ねる。
離れると強い腕に包まれる。
「だから俺は美優に甘えろって言ったじゃん」
いつものふざけた声。厚い胸。
「遠慮しないから」
先生は私に答えをくれないけど、代わりに笑顔をくれる。
まるで私の思っている事を全部理解しているかのように。
先生は私に答えをくれないけど、優しさをくれる。
まるで私がその時になにをして欲しいかが分かるかのように。
それが嬉しいんだよ。


「あの〜・・・」


突然話しかけたのは服部だった。
「お前ら俺の存在を忘れてくれると困るんですけど・・・」
服部の存在を気にせずキスしたり抱き合ったりし放題してしまった。
は・・・恥ずかしい。
「ちょっと見せ付けようかなと思って」
さらりと先生は言った。その発言はちょっと困ると思った。
「先生ぇ〜」
とりあえず恥ずかしさで顔を服部からそらしてしまった。
何かしようと思って甘い、甘すぎるコーヒーを流し込んだ。
さらにまだ食べきっていない私の大好物のチーズケーキも胃に流し込んだ。
「っていうか、矢代・・・授業中にオレに妬くなよ」
服部ははぁっとため息をついて牽制するように先生に言った。
「別に妬いてないけど」
先生は口の端で服部をからかう様に笑った。
「大体妬く意味がないって話だよ。倉橋おまえに夢中じゃん」
ちょ、ちょっと服部!
そんな事バラすのなら相談するんじゃなかったと思った。
「ふっ」
先生も・・・笑わないでよ・・・。
「そんな事知ってるよ」
知ってるって・・・?
「オレもそうだから」
そうなの先生?
私だけじゃなくて先生も。
「恥ずかしい事言ってんじゃねぇよ教師の癖に」
服部は細い目で嫌味っぽく先生に言った。
「うるせぇなぁ。大体お前は生徒の分際でオレを呼び捨てにしたり・・・」
「いいじゃん別に。他の先生にはしてませんから」
その声には少し笑い声が混ざっているような気も。
「は、差別?俺が優しいからって調子に乗りやがってお前」
先生もなんだかふざけた様子。
「だって生徒に手出すような教師だろ?」
「はっ、言い訳出来ねぇな」
最後には二人とも目を合わせて笑い出した。
この二人ってなんか険悪ムードだったのに、切り替え早くないですか。
なんだかんだ言って、この二人仲良いんですよね。
ホントに子供みたいな先生。
ねぇ、先生は私のこと全部見透かしてるんだね。
理解してるっていうかなんというか。
嬉しいというかなんというか。
心の奥から沸いてくるこの熱のようなものの標的は先生だけ。
だから、そろそろ。
そろそろ先生の事を名前で呼んであげてもいいかななんて思ったりもする。
「ねぇ、ノブくん・・・」
「・・・?!」
真っ赤な顔をした先生がすごい勢いで反応した。
ついでに言えば一緒に居た服部はその真っ赤な顔の先生を見て爆笑。
だからそんな先生を見て私は笑ってやるの。
口の端で、いつも先生がやるように。
私も先生の事、見透かしてやるんだから。





**END**











 
 

 
 

 




 
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