++PLAY++








今練習中の劇は文化祭公開用の気合の入った一作だ。
演劇部の顧問はコンクールで賞を取ることに慣れてしまって、主役や重要な登
場人物の配役を変えることが出来ない。
名門演劇部の全権はとりあえず顧問に一任されている。
部長の圭人は、配役だけは先生に任せているからだ。先生は一応劇団を持って
いるれっきとした演劇界の人間で、確かに目もある。
――たまには脇役とかもやってみたいのに。
胡桃はそう思ったが口には出せない。役が貰いたくても貰えない人がいるとい
うのに、主役をやる胡桃がそんな事を言うと我侭にしか聞こえない。
胡桃が最後に脇役をやったのは高一の入学したての頃だろうか。





「っていうか、今回も脚本がいいね!これ、このまま次のコンクールで使った
ら?絶対イケるよ」
麗と圭人がその脚本を持って舞台上で話している。この劇で使う小道具の周り
に二人で座っている。
今日は道具やら衣装やらを体育館の舞台へ持ってきて、裏側の倉庫に保管する
日だ。いずれ使う衣装や備品を。
「あー。これはかなり涙誘う系だよな。女ってこういう話好きだよね」
「感動に弱いんです〜」
なんだか楽しそうな二人。

それを横目に良哉は出来上がった衣装を見ていた。ダンボール箱に色とりどり
入っている。それを着れるのは限られた人間のみ。
何しろ、名門演劇部には部員が殺到する。去年は入部希望者が殺到しすぎたの
で入部テストまでした程だ。
それゆえにレベルの高いものを作ることが出来るのであるけれど。
「良哉はどれ着るの?」
胡桃が背後から尋ねると良哉はすこし驚いたが、
「俺はこれ着るの。おちゃめでしょ?」
と、明らかに男用でない制服のスカートを持っていた。
胡桃は噴出すのを堪えて、柔らかく突っ込んだ。まだまだ麗のような鋭さがな
いなぁと思った。
「いや、それはおそらくあたしの衣装ですよ?」
「まあね。かわいくない?っていうか脚本参ったよなぁ〜」
「だよねー」
良哉と胡桃は衣装箱の前に座って頭を抱える。
「まさか胡桃と」
「まさか良哉と」
二人はお互いに顔を見合わせてため息をつく。
『ラブシーンがあるとはね・・・』
同時に呟いて、また顔を合わせると恥ずかしくなって良哉も胡桃も笑ってしま
った。




今回の文化祭のテーマが「LOVE」という事で、演劇部もそれに準じなければ
ならない。文芸部に脚本を書いてもらうまではよかった。そこからが問題だ。
配役を決める時に、顧問が
「今回は胡桃と良哉が恋人の役、圭人が担任の先生、麗が親友役って感じのメ
インキャストで行くぞ」
「えっ、待って先生?俺と・・・胡桃?圭人の間違いじゃねえ?」
先生は良哉の質問に笑って答えた。
「だっていつも胡桃と圭だろ?たまには違う奴ともやっていいだろ?」
先生は圭人と胡桃がいわゆる、そういう関係、だと言うことは知らない。
「先生は胡桃のファンですよね?いつもそういう役は胡桃に回すし」
いつものように麗が毒舌で先生に突っ込む。にやっと笑って。
先生はそれに反応して、
「ば、馬鹿か。そんな訳ないだろっ!!」
と言ったが、少し動揺した様子だったので、麗はファンなんだ、と解釈をした。
圭人は少し軽蔑したように先生を見た。
居心地が悪いのは否めなかった。




演劇部のエリート、三年主役陣の図式はこうなっている。
圭人と胡桃、良哉と麗が付き合っていて、他の三人に向いている矢印は全て親
友を指す。その親友同士のラブシーンはどうなものかという所だ。
これは劇の事なので圭人も麗もわきまえていて何も言わないが、胡桃も、良哉
も二人の気持ちを心配していた。
脚本は「love without being loved」という題で、なりゆきで関係を持ってしま
った高校生が子供を持つことによって愛を深める・・・というシリアスなラブス
トーリだった。
胡桃は脚本を読んだ時、誰もが感動するような話だと思ったが、文化祭でやる
のには少し激しいのではないかと思った。
そういう話だから必然的に二人が添う場面が増えるわけだ。
そして評価の高い演劇部の劇を見に来る人は多く、体育館が満員になるほどの
人が入る。それも恥ずかしい。
かといって、話の内容上、ラブシーンをカットすることは出来ない。


「中川先輩や麗先輩は何とも思わないんですか?」
思い切った事を後輩の二年生、早川佐紀(医者役)が聞いてきた。早川の後ろ
にはその話が聞きたくてしょうがない・・・という後輩が十人程居る。
この二組のカップルは部内公認、手出し無用で有名だった。
「まあ、抱き合うくらいならいいんだけどさ、いつもの事だから・・・」
圭人がそう言った。それに続けて麗が、
「でもそれ以上はね・・・しんどいよね」
と言った。それは胡桃と良哉には聞こえていない。
「そうですか。ですよね、しんどいに決まってますよね」

――当たり前だろ。あいつの隣は俺の定位置なのに
――嫌だよ、胡桃とキスとか色々するなんて!!

二人の心情は複雑だった。
劇だからしょうがないという自分と、恋人の体を渡したくない自分が心の中に
二人居る。
我侭っていうのは分かってるのに。複雑な心境だった。



「圭、麗!落ち込むなよ。ほら、あっち見ろよ」
そう言って、二人を励ますのは照明の長田雅之。圭人と同じクラスだ。
指をさす先は頭を抱える二人。
「あいつらだってやり辛いんだよ。お前らだけじゃねえって。」
長田は二人の肩をポンポンと叩いて元気付けようとした。
「ありがどぉ長田ぁー」
圭人はいきなり長田に、半ばタックルするかのように勢いよく抱きついた。
「おぃ、抱きつくなよ圭!きしょいなぁ」
長田はこんな圭人を初めて見た気がした。



+++

胡桃は家に帰って、ベッドの上に一人、どかんと座って物思いにふけっていた。
手にはとりあえず台詞を覚えようと思って台本を持っている。
(はぁ、なんか良哉とラブシーンか、気が進まないなぁ)
そんな事を思いながら表紙を捲っていると、誰かの思いが伝わってきた。
(良哉とラブシーンなんてするの?マジかよ)
その思いは異国の親友、ロビン・ヴィルヘルムのもの。
胡桃の背中のどちらかが死ぬまで残る魔方陣を媒介にして伝わる。
(そうなの〜。それで、圭人と麗と変な空気になっちゃって・・・)
目の前に人は居ないのに、胡桃の表情はそこで誰かと話しているかのようにく
るくると変わる。
(でも、いい話だからこの劇はやりたいの。ねえロビン、どーしたらいい?)
例え、麗や、圭人、良哉が居なくても胡桃の相談相手が居なくなるわけではな
い。ロビンはいつも、そして胡桃はいつもお互いに思いを汲む。
(どうっていうか・・・話せば、圭人と。あいつの事だから話せば分かるよ)
ロビンは話している訳ではないし、声があるわけでもないのにロビンの優しい
言葉が伝わってくるから、胡桃は少し嬉しかった。
(話して・・・みる。何を言えばいいか分からないけどね)
(思ってること言えばいいんじゃない?)
(はぁー、私だってもし圭人と麗がラブシーンなんてやったら嫌だなぁ)
(俺の話聞いてる?)
(聞いてるよぉー。っていうかロビンも昨日の話どうなったの?)
胡桃とロビンはこのように定期的に、というか毎日交信している。
午後十一時の定例交信だ。
四人は魔法を信じている。
胡桃はメールや電話なんかよりも便利で魔法って凄いと思っている。
(あぁ、無事仲直りしたよ。まさかレーラがあそこまで嫉妬魔とは・・・)
(別にハサンは男だからライムの事奪わないのにね)
なんとレーラは今一緒に住んでいるらしいハサン(男)がライムをレーラから
奪ってしまうと思っていたらしい。(:人物はDearest参照)
(ホントに。俺さ、丸太小屋に戻ってから旅のよさが分かったよ)
(そう?)
(だって毎日が新鮮だったし。今は同じ事の繰り返し)
(でも、安定って大切じゃない?失くしてみて初めて分かるよ)
胡桃は向こう側でロビンが笑っているような気がした。
だって胡桃はロビンには沢山涙を見せた。他の人たち、圭人以上に。
そしてまた助けてもらっている。感謝の言葉以外は思いつかない。
(ありがと。じゃあ私台本読みするから、またね)
そう言って、テレパシーを閉じて、心の矢印をロビン以外の方向へ向けた。
手に持っている台本を開いて一通り目を通すと、一人になったせいか、口から
はため息ばかりが出る。

+++


★演劇部の活動時間★
朝:七時半〜八時半(あったりなかったりは部長の気分次第)
昼:昼休み(大切な伝達のある時のみ集合)
夕:四時半〜(終了時間は部長か顧問の気分次第)

という紙が演劇部の部室の扉に貼ってある。
その扉を開いて胡桃は部室に入った。一番乗りだと思った、ら、違った。
時間はまだ四時だった。
「圭人、早いね」
まだ三十分も前なのに、部室で小道具の手直しをしていたのは圭人だった。
早く来て一人、部室で台本を読もうと思っていた胡桃は少しショックだったが、
圭人がいてくれてよかったと思った。
――圭人に、言わなくちゃ。
「ねぇ、圭・・・」
胡桃が話そうとしたら、圭人がそれを遮った。
「このウサギ、覚えてる?」
そう言って出したウサギの衣装はもうかなり古くなったもので、手直ししてず
っと使われているものだ。
それには二人とも、見覚えがある。
「不思議の国のアリスでしょ?新入生歓迎の」
「そう。わざわざその為に、裏側から継ぎ接ぎして使ってるやつな」
圭人はそのウサギの被り物を見て笑った。二年生の時に、圭人はこのウサギを
被って新入生を歓迎したのを覚えている。
胡桃はなぜ圭人が突然こんな話をするのかが分からなかった。
それでも圭人は喋り続ける。
「俺たちの関係もこのウサギみたくない?」
壊れかけても、直して。ケンカしても、仲直りして。
このウサギの被りは二人だった。
「ふふっ。かわいい事言うね」
「カワイイ?それは良哉だけに言っとけよ。俺はかわいいっていう形容詞は好
きじゃない」
圭人の顔に笑顔が零れた。胡桃は圭人は笑うと素敵だなぁと思った。
というのは怒ったときが迫力ありすぎるからだ。
――言う、言わなくちゃ。
胡桃は深呼吸した。小道具の隣に重ねられたマットの上に座って圭人を見る。
風が心地いい。窓が全開だ。
「ねぇ、私さ、良哉とそういう事するのって・・・あまり気がすすまないんだ。劇
だからやらなくちゃって思うんだけど、やっぱり台本とか頭に入らなくて。わ、
私が好きなのは絶対圭人だけだから・・・ね?」
胡桃は今自分が何を言っているのか分からなくなって顔が赤くなった。
思わず顔を手で隠した。恥ずかしかった。圭人が胡桃のその手を掴んだ。
「顔、隠すなよ」
「い、嫌」
「だぁーから」
圭人はそう言うと胡桃を抱きしめた。胡桃の顔がうずまる。
「俺だって別に嫌いになんかならないし、それくらいで。っていうか、先の旅
で知ってると思うけど、俺が嫉妬してるだけだから。遠慮するなよ、劇だろ」
嫉妬魔・・・という昨日のロビンの言葉を胡桃は思い出して、圭人の胸の中で微笑
んだ。それはレーラの事だけど。圭人の事でもあるのかもしれない。
――それだけ私の事を好きでいてくれる証
「でも遠慮しちゃうじゃん」
「いいよ。俺は目瞑ってるから。遠慮なくキスかましてこいよ」
「えぇ〜」
圭人の腕と体の中に胡桃はすっぽりと納まりながらそんな話をしていると扉が
勢いよく開いて、入ってきたのは麗と良哉だった。
「じゃあ、こうするのはどう?」
麗はその話を少しだけ聞いていたようだ。正確には聞こえてきた、だが。
「どうすんの?」
圭人が不思議そうに聞いた。
「後3cmの所でキス止めるの」
「いいね、それ」
圭人はやけに笑顔だった。恋人の唇を他の男(この際親友でも他の男)に奪わ
れるのを防げる事に越したことはない。正直に嬉しかった。
「しょーがねぇよ、だって」
良哉はそう言うと事情を説明し始めた。



「良哉、良哉いる?!」
麗は三組の人に良哉がいるかどうか聞いていた。どうやらなかなか急ぎの様子
で焦っている様だった。
しかも形相が凄まじかったので尋ねられた子も正直慌てる。
「大塚なら・・・ほら、窓の辺にいるよ」
放課後、授業は終わったけどまだ生徒は帰り始めない時間帯だった。
良哉はクラスの友達と窓側で四人くらいで固まって爆笑していた。
コメディアン体質らしく、時間のある時はふざけて遊んで過ごす。そんな良哉
は基本的に誰からも好かれているし、人気もあるし、人が回りに集まる。
クラスの女子が良哉を呼ぶと、良哉は笑いながら麗の所まで来た。
「どーしたの?部活まだじゃねぇ?」
「あんた、胡桃とキス・・・したいって?積極的に」
少しだけ麗の表情が強張っていた。怒っているようだった。
そして、周りに集まってきたクラスメートは「修羅場か?」とか言いながら興
味本位でどんどん数を増してきた。蟻の様に増える。
目の前で良哉達の喧嘩を見れるなんて最高・・・といった感じだろう。
「それって、ふざけて長田と話してただけだよ。別に俺はそんなつもりじゃ」
「じゃあ何でよ」
良哉は少しだけ周りの視線が痛かった。痛烈に感じていた。
「と、とりあえず廊下で話そう」
麗の手を引いて廊下へ出た。ついて来ようとしたギャラリーに「お前らはつい
て来るな」と釘をさして扉を閉めた。
チッという舌打ちの音があちらこちらから聞こえた。
やはり少しだけ居心地が悪かった。これは俺が作ったんだと良哉は思った。
「あれは・・・長田と岡本と冗談で話してただけだって。俺だって、お前以外の奴
とするのなんか気が引けるよ。胡桃でも」
廊下で座って、麗の肩に手を置いた。
――当たり前だろーが。変な勘違いしやがって。っていうか長田のアホ
良哉はそれでもそんな勘違いするなんてかわいいなぁと思った。

こんなに好きなのに。

「本当?」
麗は恐ろしい位良哉の目を見つめて尋ねる。まるで嘘発見器にかけられるかの
ような気分だった。恐ろしい気分だった。
仲のいい人ならわかる事だが、麗に怒られるくらいなら、おまわりに捕まる方
がマシ・・・というのはあながち言い過ぎでもない。
まさに尋問をされているようなのだ。
廊下を通る人は二人を振り返って見ない。それはありがたいと思った。
「当たり前だって。しかも姫の機嫌損ねることなんかしないって」
「じゃあ、キス。3cmの所で止めて」
「は?」
3cmって恐ろしくきわどい距離だと思ったが、そのあたりで止めれば、観客
からならキスをしているように見える距離だ。
それに良哉が長田にそう言ったのは紛れもない事実だったからしょうがない。
良哉はバツが悪そうに頭を掻き毟って返事をした。
圭人や顧問になんと言うかを考えてしまった。
「分かった。そうするから」
良哉は麗にだけにはさからえない。
「キスして」
いきなりのお願いにすこしだけ、いやかなり戸惑った。それはもう。
「はぁ?!ここで?」
――アホか。人いるじゃねぇか!
「うん」
それでも良哉はそれには逆らえない。麗のお願いだったし、良哉にも非がある。
「3cmで止めなくていい?」
「止めない方針で」
いつまでもふざけている良哉だったが、少し恥ずかしいのを我慢して麗の唇に
キスを降らした。こんな所、まだ人のいる廊下でするのは初めてだったから。
少し麗が積極的(変に)なのに驚いた。
こんな所で積極的になるなよ・・・と良哉は思った。
お互いにそれを離す、なんだか拍手らしきものが聞こえてきた。
いや、これは間違いなく拍手だ。しかもかなりの喝采も聞こえる。
恐る恐る二人は三組の教室の方を見ると、良哉が釘を指した筈の連中が扉の所
からじーっと観察をしていた。観察だけに留まらず、果てには拍手喝采まで送
ってくれるというおまけ付だった。
良哉はため息をついた。
「おめぇら、いい加減にしろよ」
「いや、めでたい事ですわね。夫婦仲が復活して♪」
「黙れ・・・お前らちょっと消えて来い・・・」



「みたいな事があった訳ですよ」
良哉はため息混じりに語った。圭人も胡桃もはぁっとため息をついて麗の方を
見た。麗はある種の視線の痛さを感じた。
「・・・何?」
「嫉妬魔だな、麗も」
圭人が微笑を浮かべながら麗に言った。胡桃も笑う。圭人の腕の中にはまだ胡
桃が居て、離さない。というよりは離そうとしない。
少しだけ薄暗い、風通しのいい部室でまだ部員は四人しか来ていない。
「麗も?」
良哉がニヤニヤ笑いながら圭人の方を見ている。良哉はそれが面白くて面白く
て今すぐにも噴出しそうな表情をしている。
「うぜーな良哉お前!俺も嫉妬魔だからだよ」
いよいよ噴出して爆笑した。もうすぐ部活開始時間になろうとする頃の演劇部
部室には笑い声が響いていた。
圭人が嫉妬魔・・・なんて事は先の旅で十分に皆理解済みだった。
「だぁーからっ!!3センチね!!いい?良哉、胡桃?」
窓の外に広がる空の風景はそろそろ日が傾き始める。
圭人は帰宅する生徒の波を見つめていた。
麗は改めてそう尋ねると、良哉も胡桃も笑って頷いた。
「ところで・・・圭人?」
マットに座って、外をぼーっと見つめている圭人にいよいよ言いたいことがあ
るといった風に麗が言う。
「何?」
圭人はたった一言返した。
「そろそろイチャつくのやめようよ?もうそこで他の部員見てるから」
部室の廊下側の窓から大勢の部員が張り付いて圭人がいつまでも胡桃を離さな
い姿を見て笑っていた。
部室の中ではそれを見て照れる二人を見て良哉と麗が大爆笑だった。



+++

「そう、そう、ストップ!!」
良哉と胡桃の唇があと少しで触れる所で圭人はストップの号令を掛けた。
長田がステージから客席までの距離と同じくらい、十メートル程離れたところ
から見てOKサインを出している。
「よしっ。その角度なら触れてるように見える。本番もそれで!」
いよいよ文化祭を明日に控えての前日練習は当日の衣装を身に纏っての通し稽
古やらで忙しい。二時間しか借りることのできない前日の体育館のステージで
は、準備で慌しく部員が走り回っている。
「おい、麗、全体で通しやるか?」
自称、製作総指揮の長田がステージの下から尋ねる。
冷房の入らない体育館は蒸し暑く、舞台上の役者も裏方も皆汗まみれだった。
その汗を拭きながら麗は笑顔で答える。
「通すよ!最初から。照明オフ!音響も皆入って!」
ステージ上、周りにいる人は皆汗を拭いながら作業に入る。
熱気が立ち込める室内。それと同時に演技にも熱を吹き込む。
「はいスタート」
そう、ステージ上で役に命を吹き込む。
そこでただの冊子が舞台上で映像に変わる。
瞬間。美しい瞬間。






「ねぇ、どうしたらいい?子供できちゃったんだけど」
胡桃は制服を着た女の子。短いスカートに赤茶色い長い髪、大きな目は訴えか
けるように良哉をまっすぐ見つめる。不安な色をして。
「え・・・?」
突然の告白に驚いて顔面が蒼白になる。心当たりがある顔。
「私たちの子なの」
意志の強い声で良哉を圧倒する。
「お前はどうしたいんだよ」
負けずに押し返すように言う。
「私は・・・」
「・・・」
短いが長く感じる沈黙が続く。
「私は、産みたい」
瞬間に良哉は胡桃の手を掴んで叫ぶ。表情は真剣。
「何考えてるんだよ。俺らまだ高校生なんだぞ!それに・・・」
「でもこの子を殺すなんて出来ない」
必死の訴えだった。
「俺たちは・・・責任とかあるし。でも、そういう関係じゃないだろ?」
「付き合ってなくても!私の中には勇と私の子が・・・」
胡桃は良哉の腕を掴んで必死に訴える。お腹の中に宿った間違いなく自分の血
を引いた分身のような、まだ姿は見えないけど確かな自分の子。
「だって、俺には・・・愛とかそういうのないし」
良哉は視線をそらして下を向いた。
「なくても・・・」
胡桃は目に涙の筋を浮かべて言葉を切った。嗚咽がこみ上げるよう。
「なくても、いいから。私一人になってもいいから。この子を産ませて」





胡桃は目を瞑っていた。物語が幕を閉じる時。
真っ暗で何も見えない。
でもそこには確かに客がいて、耳に聞こえるのは確かな歓声と拍手。
そっと目を開いた。
満席にもなった客席では席を立ち上がって拍手をステージに向けていた。
出演者が全員ステージに並んで手を繋いで礼をした。
皆客席を見て満足そうに笑う。
緞帳が降りると良哉は胡桃を見てにかっと笑った。
「ありがとぉ胡桃〜!俺出来たよ・・・」
そう言って思いっきり胡桃を抱きしめた。
「私も!!大成功だったね☆」
胡桃も客席のスタンディングオベーションが嬉しくて良哉の胸に笑いながら顔
をうずめた。
そう、今日は文化祭。
初めて胡桃と良哉が組んだ劇で。
二人は目が合う度に笑いあった。
「おい、お前ら。そろそろ離れろよ」
まだ客足が全て出切っていない体育館の舞台裏、圭人が二人に言う。
顔は笑いながらも不機嫌そうに。
解説すると、劇が大成功で嬉しいし、二人の気持ちも分かるが、今の二人の状
態を長い間見るに耐えない・・・といった所だ。
「良哉、キスはダメだからね」
その隣には麗も居て、良哉に冷たい視線を送っていた。
「キスは3cm手前だろ?女王様」
良哉は笑いながら胡桃にキスするように唇を近づける。
圭人は顔をおもいっきり引きつらせて見ている。
すると3cmの所で止めてニッコリ笑った。
「俺、麗じゃないとダメだから。ゴメンね胡桃」
そう言って離れた。
当たり前だ、と圭人が言ったのを部員の誰もが聞いていたし、麗がでも私にキ
スする時は3cmで止めないでよと言ったこと等聞き逃すわけもなかった。
「中川先輩も麗先輩も超嫉妬魔ですよね〜」
やたらと思い切ったことを言う後輩の早川が笑いながら言った。
それが部員全員に伝染して、長田はその3cm事件の真相を語りだしたり。
気分のいい部員達は笑いながらふざけながら余韻を楽しむ。
嵐は来て去ることを知らない。
楽しむときは今、もしくは舞台の上。
自分たちだけでなく周りをも魅了するように。
名門演劇部、これが彼らの演劇。
楽しむように、笑むように、ささやくように。
人それぞれを魅了してやまない、究極の遊び。






**END**
















 
 
 


 
 




 
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